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豪快な昼寝(?)、苦しい中での行動が(サミットデモから)

辺野古の午前中
  ユリの季節に入りました。
   テント村19日で7年目に入ります
2日連続人吊り訓練、沖縄タイムス1面、琉球新報社会面写真入りで報道されました。

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 (テント村提供)

 ヤンバル統一連カーで県民大会宣伝、汀間漁港に船の点検に行く、ジュゴン1号は02年、海の闘い、海の調査の重要性のために退職金あてに購入、勝連沖の調査に提供することにした。船は「金食い虫」である。
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 大浦橋越えるとミサゴ(?)、タカの仲間(?)が飛び、松の樹に羽を休めたのでカメラに納めた。ミサゴの餌取り、今年もだめでした。アジサシの季節になりました。
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 辺野古入り口で米軍車両に会い、つい、カメラに納めました。
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 テント村午前中、バス1台の訪問あり、昼に、また、1台、来るようだ。散歩に「平和の塔」まで、久しぶりの眺め、67人刻銘されています。

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平和の塔」の回りに、ユリの花が咲きました。
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 散歩から帰ると、安次富浩代表、豪快に寝ていました。統一連カーで街のなかの宣伝に出ました。家に帰るとベットに豪快に昼寝しました。
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(続きー勝連沖のサンゴと2000年沖縄サミット)
どんな苦しく、逆境でも
   行動を構築しよう

コモンシコロサンゴとダイバー syukusyou (3)
(牧志 治氏 提供、コモシュロサンゴ、勝連沖)
 全国連鎖行動
   沖縄サミット「ピース・ファミリ・ウォーク」(2000年8月20日)
 今から10年前、1999年12月、稲嶺知事の軍民共用空港、岸本建男名護市長が受け入れ、サミットと振興策で名護はバラ色であった。サミットが基地誘致の代価と反対した議員は一人であった。まさに、名護は「挙国一致」と戒厳令体制。反対協も一致出来ず、この場合は実行委員会で態度を表明、行動も加盟団体の主体性を認める。
 意思表示のためにサミット会場、名護市ブセナ「万国津梁館」まで、デモをする。そこで生まれたのが「ピース・フアミリ―・ウォーク」実行委員会である。NGOは室内展示、回りはバリケードで囲われた。
① ジュゴンシャツを付ける。シャツ以外は行動認めないとともに責任を持たない。
② 3ないし5人で、5分後に、各組スタート、歩く。旗は持たない。
③ 先頭に大西が自転車で先導。
④ 正式にデモ申請をする。
国道は全国から警官が動員されている。老人会まで動員されている。
浮原島から平安座と宮城島を見る_2010_04_01_0287[1]
(勝連沖、案内、浮原島から平安座と宮城島を見る。浜が広くグンバイ昼顔が草原を成している。写真提供 牧志治氏)

名護湾ではグリンピースと海上保安庁巡視艇がやり合い、道の駅では「過激派」が機動隊のサンドウオッチにされている。幸喜橋を過ぎたところで、全員結集、警備の規制を受ける。各首脳がヘリで到着し始める。
 国道58号線、集落の道にも人影なく、人が見えない、車も全面ストップ、太陽が道路を焦がす「沈黙の夏」。不気味な静けさにヘリの音が山に木霊す。
シャツを付けてないのがまぎれている。警察官規制に入る。粘る。幾度も幾度も交渉して、約50人「万国津梁館」入口まで行進、「沖縄返せ」を歌う。黒背広挑発かける。
 その日の夜から名護は雷雨が昼も夜も3日ほど炸裂。それは、今まで経験したことのない自然の怒りであった。この経験は04年からの闘いの中に活かされる。

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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