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出てきた国益論ー産経新聞高橋昌之政治記者

5・15普天間包囲「人間の輪を成功させよう
  全国連鎖集会を呼びかけます。鳩山に、レッド・カード、「骨のない民主党にエロー・カード」

    
   「思いやり予算」削減の声を
    普天間・閉鎖全面返還
    日米安保を日米友好条約へ
    東南アジア友好条約2条と9条の結合


鳩ポポ
 また、沖縄に来るの
 また、沖縄に来る?7日の朝刊に出ていた。それが、事実なら、鳩山は人間でない。「4月28日」(民族屈辱)に県内(北緯29以南)を発表、5月15日(屈辱的沖縄返還―私の誕生日も)に的を絞る。しかも、16日は「人間の輪」。
 人間のすることか。歴史を知らないではなく、確信的、理性的、合理的に沖縄の分断を狙っている。「友愛」「お詫び」の慇懃さ、冷酷さが見える。
 すし屋で常連のみなさん「鳩ポポは休ませてはくれませんね!」とあきれた顔、巷では鳩山首相「鳩ポポ」というのだ。早速、ネット開いて見た。替え歌があった。
  【鳩ぽっぽ】
ぽっぽっぽー、鳩ぽっぽ
金が欲しいかそらやるぞ
みんなにばらまけ子ども手当
ぽっぽっぽー、鳩ぽっぽ
小沢が怖いかそら逃げろ
ママと宇宙に飛んでいけ
 
 替え歌があった。小沢は「コガネムシ」、「ぽぽ」はマザコン首相でかわいいが、鳩ポッポにはカンボジアのポルポトとダブらせているようだ。
 私は「ハトポッポ」が正しいと思うが、鳩山の5・15再来沖中止になったので、この程度で控える。「『普天間』大迷走―民主党に骨はないのか」(タイムス社説7日)は面白いから勧めます。
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 (辺野古の浅瀬にはクマノミなど楽しく遊べる。でも、ほどほどにしよう。人間は最大の敵、人間に気を取られている間に海底では天敵が子どもを狙う) 
 
在沖海兵隊抑止力論
   崩壊の始まりー岡田・北沢
  北沢防衛―「仮定の話や一般論で数値的に言うのは不可能」
  岡田外相―「沖縄にいなければならないというべきではない」
 鳩山首相の沖縄での発言の柱「日米同盟と抑止力」を学んだ結果であった。鳩山が学んだ抑止力は、抑止力の急先鋒であった北沢とは別の学びであった。
 そもそも、1990年代、海兵隊撤退論が一般的であった。抑止力は「日米合意重い」論が崩壊して浮上して来た。NATOでは核抑止力ですら通用しなくなり始めている。沖縄を「万国津梁の国」といい、アジアの「平和の架け橋」とならんとする。名護の「万国津梁館」(サミット会場)は戦争への架け橋に走ったが、10年後の今・・・。
  
「万国津梁の鐘」の文字(第1知事応接室の屏風)
琉球国は南海の勝地にして
三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車(ほしゃ)となし、
日域を以て唇歯(しんし)となして、
此の二つの中間にありて湧出せる蓬莱(ほうらい)島なり
舟楫(しゅうしゅう)を以て万国の津梁(しんりょう)となし、
異産至宝は十方刹(さつ)に充満し、
地靈人物は遠く和夏の仁風を扇ぐ。
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 宮里政玄氏は我が師
  鳩山由紀夫の師は岡本行夫
 
 私の大学時代の指導教官は宮里政玄氏、当時、琉球大学はゼミがなかった。抗議を受けただけである。

 宮里氏が、岡本論文から抑止論、海兵隊撤退(日本の要求があれば)など紹介し、鳩山の沖縄政策を批判している。
 岡本は橋本内閣の沖縄担当補佐官、小泉内閣の内閣官房参与と普天間問題を担って来た。いわば、日本版キャンベルである。鳩山は寺島実朗から岡本に乗り換えたといわれている。その岡本の海兵隊論「出て行ってくれと言えば、海兵隊は去るであろう」「日本の無人島守ためにアメリカと戦争する可能性はない」と書いているようだ。
 私は、民主党の「日米合意見直し」は、小泉が「辺野古見直し」で巨大なV字現行計画押し付けてきたように、最初から辺野古ありきと批判している。名護市長選挙で基地いらない候補を擁立し、また、統一への道を歩んだ。
 
日本もアメリカもSACO以来、同じ、顔ぶれ、日米安保に国民の目がいかないために、海兵隊日米同盟重要論、抑止力論で、国民を「洗脳」しようとしたが、次々に、米国従属の醜い姿、非人間性が晒している。

同紙面に佐藤優「土曜評論120」が載っている。佐藤と岡本は刎頸の中であると聞いていると同時に共著も出ている。佐藤は沖縄の「味方」と装うっているが、岡本同様外務官僚である。
 
 佐藤は政府の抑止力に「付き合わなければよいことだ」と書いている。官僚は頭がいい、総論よし、でも、各論になると要注意だ。抑止力で沖縄に基地を押し付ける。沖縄県民は政府の抑止力論がいかに根拠のないものか、学者も県民も日本全国に挑んでい入る。
 
佐藤は00沖縄大使を沖縄の味方と書いて、00大使は沖縄侮辱発言し、翌週、佐藤はいい訳をした。オバマに手紙を書けば効果あると書いて、沖縄を小学校生並みに書いた。
 
 宮里氏が「『チルダイ』」は絶対禁物」と結んでいるのは、日米政府のみならず、評論家、ジャーナリズム、メディアに対しても批判を怠ってはならないと言っていると思う。
 SACOから一貫して、沖縄に基地を押し付けてきた岡本、その刎頚の友、佐藤の岡本論を知りたいものだ。

産経新聞
  国益論の貧弱な姿

 私は、抑止論が根拠失うと、国益論が浮上すると書いてきた。8日の産経新聞電子版に政治記者高橋昌之記者の長い記事が載っている。うって、代わって、鳩山首相褒め、国益論展開している。国益論は産経がプライスリーダーとして、メディア界をリードするであろうが、底が知れている。予測にたがわず出てきた。
 日本の片隅の老人の指摘のように、展開する大手新聞、他社の論理も国益論で走るのか。興味がある。貧弱だ。
 沖縄から見ると、実に面白い日本だ。
  「日米合意重い」論から、抑止力論・・・など、崩壊して、そして、今、国益論。全く・・。この記事本当に面白いのだ。産経だから当然で読むのではなく、日本メディア、評論家、ジャーナリズム含めて読む価値あり。

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 沖縄は梅雨に入った
   赤道越えてアジサシが来た
 7日、沖縄は梅雨入り、恐ろしいほど雨が降った。辺野古からアジサシが1羽来た報告受ける。長島・平島への上陸、テント村は控える。09年は400羽以上になった。私の観察では6年間で最高の繁殖であった。沖縄防衛局準備書では沖縄沿岸の小さな群れの一つで、「重要な繁殖地と思わない」と記述されている。
 
私はベニアジサシ(ベニ)、エリグロアジサシ(エリ)の区別も知らないで観察していた。エリグロアジサシが準絶滅危惧種であることも知った。雛も見た。若鳥たちの飛行訓練、餌取り訓練も知った。
 沖縄でエリの繁殖地約20地、辺野古の繁殖場所4、エリのコロニー約12羽、まさに、「小さな群れ」で、重要な繁殖地であることも知った。
 
 私は、小さな問題(現場)から闘いを挑んで来た。アジサシの生態に今年も挑みたい。野鳥の会などが協力してくれたらいいが、昨年も望めなかった。政治との関係は難しいのであろう。磯の生物についても教育団体に文書でお願いしたけど、なしのつぶて。自分でやる以外にない。

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 (埋め立て・くい打ちで殺されるクマノミ?)

 (続きー環境審査会への意見ーアジサシー長い意見書?)
 環境アセスにどう対処したか(2)
  辺野古回帰の中で
             

2009年7月25日
沖縄環境影響評価審査会殿
 審査員 各位    殿 

「住民等意見の概要と事業者の見解」の疑問と提言
    (アジサシに関して限定、「見解」P91、92等)
1、 異常調査を誘因として辺野古アジサシの繁殖場所の変容に対する疑問。
2、 繁殖中の営巣を踏み荒らした調査資料は無効である。
  3、沖縄島沿岸アジサシの特性は小群が特性、小群と一蹴する生命・集団観を
    社会学・人文学などに適用したらどうなる。
  4、方法書から根本的に誤り、生態無視の調査となっている。
  
「沖縄島沿岸に分散する小群の一つ」は
   「重要な繁殖地ではない」との見解は
    環境省・沖縄生物学会などの常識か
 沖縄生物学・生態系学の世紀的時代遅れではないか
         平和丸基金  大西 照雄
          名護市大北3-8-20
          TEL/FAX 0980・53・5081
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(平島東沖の北岩ーベニが中心)

  
アジサシへの影響住民意見―異常調査
  基地建設がいかにアジサシなどの生態に影響を与えるかの意見は多様にあったことが「事業者の見解」から知ることができます。4月以来辺野古の海に出ている。何か変だと数日海に出る。平島からアジサシが消え、長島も減少、本来の場所ではない。現状と原因を観察してみることにした。結論は平成20年度の異常調査と「準備書」及び「見解」の集団観、生命観に起因するに至った。べニアジサシ(ベニ)、エリグロアジサシ(エリ)と表記します。
事業者の「見解」の基本的柱
1、 住民が見聞できないチービシを集団繁殖(ベニ1000~4000羽)、(エリ100から  300)羽が飛来し重要繁殖地で、辺野古は「重要繁殖地とはならない」と断定している。
2、 さらに、「ベニの交尾Ⅰ例確認されたのみで」「エリは沖縄沿岸に分散する小群のひとつと考えました」とする。
 交尾一例を持って「のみ」とするのは繁殖調査(6-19-2-13)のベニ確認個体(182)、繁殖確認個体数(4)との整合性がない。また、営巣(図アジサシ類の代替施設本体周辺での繁殖状況(6-19-2-210P)の営巣43との整合性もない。さらに、「シュワブ(H18年環境調査(その4)報告書)」になぜ、平成18年度は記載なく、平成19年度、平成20年度が記載されるのか一般的な初歩的疑問に出会う。生物学の資料掲載し方か。この表は多くの疑問を呼ぶ。
事業者の調査資料作成は沖縄の生物及び生態系学の科学資料として一般的か
1、 ベニとエリの写真が準備書に掲載されている。何でわざわざ宮古島の写真をアジサシでは使用するか。(6-19-2-36P)
2、 アジサシ類の主な生息及び繁殖状況(6-19-2-221)繁殖地の写真も、わざわざこれらの写真のみを特に撮影年月(4、8、10月)を入れ、この撮影時期は繁殖期の5・6・7月を外していて「営巣有(少)」としていて何の意味があるのか。沖縄の生物学で通用してきた常識、一般的資料方法か疑問である。外した月に異常調査。

沖縄アジサシ繁殖地で大切な調査資料とは
   09年辺野古アジサシにも異変が、準備書調査と違う
  準備書及び「見解」は環境省も「重要な繁殖地でないと認知していると」推測されるが同様の見解であろうか。それとも、沖縄防衛局は環境省の「見守ってくださいーアジサシが沖縄に繁殖に来ています」を「カンケーネー」との立場でしょうか。
 アジサシは渡り鳥である。だとしたら調査統計、地図などに月日を記載するのが常識であろう。アジサシは南半球から越冬に来るのではない。無人島や人間のいない岩(沖縄沿岸域では主に石灰岩)に繁殖に来るのである。だとしたら、調査地点でどれだけ繁殖したかを判断できる調査資料が大切である。つまり、飛来と巣立ちを予測・調査するのが基本でなければならない。環境省は「沖縄のアジサシを見守ってください」と沖縄の繁殖地のマナーを呼びかけています。
 アジサシは物体、人の行動などに敏感であり、繁殖行動中は特に敏感で接近者に攻撃を行う。繁殖地で繁殖個体に言及しない調査を沖縄生物・生態系などの学会で通用するのか。
 『見解』は「アジサシの生息状況は、主に確認された繁殖数を目安とした検討された」としていますが、準備書のどこに繁殖数が記載されているのか。繁殖数は(P6-19-2-3)の表の個体確認数のことか、どれだけ来て、夫婦になって、どれだけ、巣立ちをしたのか「アジサシ類の繁殖状況」表としては矛盾が多すぎる。
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  (船の操縦誤って群れが飛んだー絶対にやってはいけない)

沖縄島沿岸のアジサシの群落
   「小群れは重要な繁殖地とはならない」などの見解は何を意味する。
1、 環境省は「アジサシが繁殖に来ています」と沖縄県民と観光客に5月6月はカヌーまで協力を求めています。(砂浜を繁殖場所とする絵は沖縄的でないが)
2、 私は生物学の分野ではありませんが、船舶免許は昭和52年取得、活動場所は羽地内海から辺戸岬、アジサシの群れの主要場所は羽地内海湧川マリーナ前小島(風葬墓)、赤丸岬小島、辺戸岬である。
アジサシの群れはチービシのように1000羽~4000、300羽に出会うことはない。いずれも、石灰岩を住家としているのが特徴である。沖縄本島北部沿岸域のアジサシは「分散する小群れ」を特性としていると言える。環境省は「数十~数千羽の集団で密集して巣を作ります。近頃、こうした集団繁殖地の周りで観光や自然観察」と小集団も集団繁殖地と規定しています。辺野古のアジサシも石灰岩、沖縄東海岸域ではアボール島で石灰岩は切れる。石灰岩の小島の点在する平安座域、沖縄の松島羽地域との比較も特別の意味があるのか。
 この『見解』の生命観、下記以下の環境・群観を社会学、人文学などに適用したらどうなる。
3、 見解は「沿岸域を広範囲に餌場と利用するものと推定され、生息地としての場の機能に生じる変化は小さいものと予測しました」とする。生物は餌だけを生息要件とするのか。巣場所も人間と同じだ。しかも、アジサシは夏の太陽で石灰岩が熱くなると海水で冷やす習性をもっています。人間ですらGNP至上主義からアメニテイー(快適な生活)を強調し始めていて、快適な住宅環境を求める野生生物はなおさらである。
生物学は1要因のみで物事を判断するのか。高校まで私が学んだ生物は帰納法を重視するであった。   
4、 見解は「鳥類全般に音への慣れを生じる事例」「騒音による長期的な影響は明らかでない側面」の判断で、沖縄の生物学会界では野生生物に関する判断を「いまだ」にこのような立場を継続しているのか。
5、 「いまだ」にと使用には根拠がる。1992年4月18日琉球新報論壇「ヤンバルクイナ発見11年―9月17日を記念日にしよう」(大西筆)を書いている。沖縄の有名な生物研究者が初めて確認されたヤンバルクイナの抱卵をフラッシュで撮影して放卵させたのを批判した。この年は生物多様性保全条約が制定された年である。「人の姿が見えない海岸や無人島」(環境省)で繁殖するのが沖縄アジサシの特性で、アジサシの生態そのものが八戸市蕪島などのウミネコ群落などと違う生態である。人間が作り出す環境に敏感なのがアジサシの習性。
  (八戸市は、人間を恐れないウミネコ保護に海岸道路海側に建物を建てない、道路沿いには2階以上の建物などの行政的処置をとっている)
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 (アジサシの平常の飛翔) 

アジサシ調査方法はアジサシの生態に配慮されたか
   繁殖期に10日間 連続して接近、上陸調査したらどうなる
 私は生物学の世界にはいない。ですから、準備書への意見は幼少年期(1950から60年代)の沖縄の原風景から始め、02年から08年7月末まで「自然の生態系大学院」(辺野古・大浦湾)に最も長い時間おり、自然の科学者(漁師)、研究者、学者、NGO団体、マスコミ各社の船長として「ミーナレー、チチナレー」で学び、インターネットの豊かな電子辞事典で学びを確認、大浦湾を「サンゴの博物館」と命名しました。
 アジサシは繁殖のために沖縄沿岸、無人島、岩礁に飛来、石灰岩を営巣とする。沖縄石灰岩は海上でノチを形成する。船上から「抱卵を判別しました」(P90―3段)は海上石灰岩の形成特性(ノチ)から判別は困難さを伴うと言える。抱卵、孵化の個体(営巣含む)の確認のために「アジサシ類の繁殖に影響を与えないよう注意しながら、1時的に上陸したうえでの確認も行っています」書いてあります。ノチへの上陸は危険で場所によっては梯子等の特別な準備が必要と思われます。防衛局の調査監視をしていますがノチ岩礁に上った調査を見ていませんし、同僚の監視船からの報告も受けていません。われわれに知られない時間帯にアジサシの繁殖場所を踏み荒らしたことになる。推測であるが岩礁のノチへの上陸は厳しい、平島・長島・ウムケー島はたやすいから集中的に上陸したと思われる。
 もっと、大事なことは、アジサシは敏感で人間が接近すると放卵、子育て放棄をする悲しい生態である。このような行為の追認を「いまだ」と私は書いています。
繁殖状況調査では抱卵、孵化、幼鳥の最も大事な時期、平成19年は各月連続2日間、平成20年は5月27日、しかも、6月21日から29日は9日連続して、7月10日も確認し、頻繁に上陸、接近したらどういう結果を生むでしょうか。なぜ、この大事な繁殖期に連続9日集中しなければならないか。必然性があるのか。平成21年5月には長島で草刈り機を使用している。ジュゴン上空をヘリで朝から夕方まで調査の名で追い回す行為含めて、イチムシも人間も子育て期は過敏な状況にある。もし、アジサシが生まれた場所に戻ってウミガメと同じように繁殖活動をするとしたら、平島・長島の状況は確実に起こる。(準備書P6-19-2-3)
 私の平成21年のバードチエックの特徴は下記の観察結果が示すように上陸しやすいノチの島(平島・長島、ウムケー島)のアジサシが減少し、小さな岩礁に移動しているが、昨年の防衛局の異常調査との因果関係あるとの疑問が出てくる。
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  (アジサシの若鳥ー繁殖地に飛ぶ訓練岩が・・」 

国や行政の「違法ではない」 「違法性はない」開発・環境政策は
      何を誘発しているか。
 近年、国や地方自治体の開発行為に住民、環境団体の法廷論争が起き、沖縄でも表面化した。行政の言葉は「違法ではない」「「違法性はない」が一般化している。
辺野古準備書・見解のサンゴ・ジュゴン、アジサシなどの論理、調査評価、泡瀬などの行政行為(法の穴をくぐる裁判決定にも従わない)は第二次災害を誘発する。行政がヤンバルクイナに注意するよう強調しても輪禍は絶えず増加を推移している。サンゴや熱帯魚などの盗採、アジサシ繁殖島、岩での釣りを誘発し自然保護の意識を後退させることだ。
ヤンバルの森も個人有地が多いから個人の皆伐(炭材・有用材)などの自己規制から解かれる。今年は無人島のアジサシは近くの岩礁に移っている。準備書・見解の論理は「大したことない」で貫かれている。生物多様性は「大したこととない」自然をも大切にしている。自然保護行政機関は指導性を失う。よくも、環境省は防衛省の暴挙を認めるものだ。
 私も鳥獣自然保護に隣接した山林を保有している。『見解』の論理が通用するなら借金地獄から抜けるために、伐採要求にゴーサインを出すことを躊躇しない。行政機関は法の穴くぐって皆伐推進、住民は山林や里山の環境保護で開発を自制している。この矛盾は爆発したら止められない。『見解』など県の開発行政も導火線となる。世界の流れは「持続可能な開発」、沖縄は行政による同時多発開発で、住民と行政との間に訴訟行為が顕著になってきた。
6、 辺野古のアジサシに異変が起こっている。
古老たちから教えてもらった。台風の年はアジサシが多いようだ。数的記録をとってないが04年は台風の年、アジサシは群れていた。05年はボーリング櫓に小魚が群れてアジサシは逆に羽地に群れ台風もゼロであった。古からの観点望季は大切であろう。
 アジサシも長期的な観察が求められる。準備書・見解が出て以来無人島での夜の釣りキャンプが増えた。偶然か。
下記以下は私の数年のアジサシ観察記録である。アジサシに異変が起こっていること読み取れると思います。
7月の終わりまで平島・長島への上陸やめよう
   
アジサシ観察記録(09年)
      誰かがやらなければ5月27日ブログ
 昨日、朝7時平和丸操縦してアジサシの観察に出る。ウムケー島5羽、マナル岩3羽、平島2羽、平島沖岩18羽、長島3羽、大浦ブイ糞まだ少ない。
 マナル岩の3羽、上空でもつれている。求愛行動か?平島の1羽は海底洞窟の岩の上から小魚を狙い失敗。18羽はまだペアー決まってないようだ。
 下記の写真は長島。左のアジサシは叫んでいるようで、右のアジサシは神妙にしている。近くの岩に1羽いて恋の争奪に敗れたのか、さびしそう。
 いずれの場所も、警戒心がなく、恋の季節であろう。巣作りの様子見られない。テント村まだ開村してないので汀間港に戻る。事後調査(違法調査)船、嘉陽方面に1船団、護岸位置に1船団向かう。

  準備書のアジサシの嘘
    今でなければ暴けない
 準備書は貴重生物ゼノサイド作戦と私は認識している。おそらく、事後調査は「海域生物調査」の名で、嘉陽ではジュゴン・ウミガメなどの追い出し作戦が行われるであろう。
 準備書は多くの嘘がある。最もわかりやすいのはアジサシである。しかも、5、6から7月でないとできないことである。「宝の海」で協力者呼びかけているが、いない。
 自分でやるしかない。これも、宿命と思えばいい。望遠カメラが欲しいと思う。
 準備書の嘘、環境省「アジサシが繁殖に来ています」の繁殖絵の間違いを暴くには、今、しかない。しかし、環境省もサイト上によくもあんな嘘流せるものだ。準備書が嘘と騙しをするのもわかる。(「毎日日記」5月9日参照)
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 (長島東ー燈台先からベニのコロニー) 
   平和的生存権と生存権的監視権
    アジサシの権利とヒトの権利
 イラク訴訟で「平和的生存権」が認められた。その前提となるのは平和を脅かす前兆を監視することが前提となる。準備書はこの監視権を奪うために、埋め立て10m以上にするとともに、長島・平島も接収する。
 全く、どこからも監視できない秘密基地になる。貴重生物の存在も秘密を維持するためにはだめだ。それが、V字形2本の滑走路。日米同盟の「鍵」と日米政府が規定する。9条運動が日米同盟拒否、平和の文化共有しなければ大きな進歩はない。
 5月、6月、7月はアジサシの権利から辺野古を見ていきたい。平和丸とジュゴン1号の宿命だ。
 
  参考資料「照雄日記」08年7月14日
    アジサシ増える
 アボール島まで漂流、ヘリ来る気配ないのでアジサシ観察して長島方面に向かう。11時ブイに到着、東側のブイに約40から45羽、西のブイに50から55羽確認、ブイはアジサシと白い糞で白一色である。家に帰り琉球新報の写真と比較するとブイの色が違う。西のブイのアジサシは10Mまで接近しても動かない。昨日の報告(wwfj)は全体で60羽との報告である。昨日か今朝到着したのかこれだけ接近しても散らないのは初めてで疲れているのであろうか。すべてのアジサシがブイに羽を休めているのも珍しい。平島回ると観光客が満席、1羽も確認できない。
 マナル岩に向かう。外洋方面から観察すると約10羽、辺野古方面(イノー)からエンジンを上げて接近、岩陰に羽を休めた群れ10羽ほど、近くの岩に4羽、羽を休め、とび回っているの合わせて10羽ほど、マナル岩は20から25羽、久志沖島は1羽も確認できない。
 合計110羽から125羽確認ということになる。昨日の2倍のアジサシ確認ということになる。専門家ではないが、今日の特徴はブイとマナル岩に羽を休めて移動してない。岩に巣を作っている姿はまだ確認取れていない。昨年(07年)の観察は7月17日、約120羽であった。専門家ではないが記録しておく。
                   ( 6:30)
  今日も観察
   ジエノサイドに動きが見える。(09年)
 朝7時、平和丸出す。明日は雨の予報。薄い雲で寒い。船倉からジャンバーを出して着る。アジサシの個数は別の記録にする。
 貴重生物ジェノサイドと書いたが、浜でウミガメの調査員が歩いている。いくつかの場所にわかれてやっているようだ。卵掘り出し捨てることもあるだろう。あるいは別で孵化させて将来大浦・辺野古海域から締め出す。(カメはシャケと同じといわれている)
 政府と沖縄県が共同して違法アセスを推進する。ジュゴン絶滅作戦が行われるであろう。その手法は「科学」の名で行われる。
  5月26日(火)ウムケー島0。マナル岩3、平島0、長島4 北のブイ8、南のブイ0
6月1日(月)
 ウムケー島2、マナル16 平島岩11、長島6、北ブイ2、汀間4
6月7日(日) 汀間4、大浦2-4 大浦1-2 長島6、平島岩22、マナル24
     ウムケー4  計56 平島に釣り人。長島桟橋で夜間釣りかキャンプの痕跡あり。

6月23日(火)
 アジサシ餌取り活発、マナル岩の集団26、豊原海岸からウミケー岩方向に魚を追っている。平島南岩の集団22、ウムケー岩は久志上5、マナル岩の間のサンゴ礁、南岩に2匹、長島に9、大浦西ブイ7、大浦中瀬4、平島に釣り人。
 計75
7月4日(土)海の状況見るためにテント村。ジュゴン保護キャンペーンの皆さんが海上に出ているために、南西からの雲に注意するよう電話で指示を出す。午後雷雨が激しい。

7月5日(日)
6時50分汀間漁港出港、シュワブ前岩6、ウムケー島2、声あげて逃げる。平島4、マナル約17、航路柱2、平島岩約30、長島東断崖16、長島中央および西4、長島北断崖2、辺野古岬岩2、ブイ①3、ブイ②3
   計94
特徴
 前回(6月23日)の時点で、昨年のWWFJ(60)の調査より増えた。今年は台風の襲来増えるか。島より岩に多いことが気になる。
 平島に釣り人あり。西側海底洞くつは小魚群れの隠れ場所これまで洞窟の上の岩からアジサシは餌をとっていた。当然アジサシは群れていた。4羽洞窟近くに来ている。
 すべての場所アジサシは岩にいる。数匹が岩から見えやすい位置で背を伸ばしている。別の方向から見ると座った頭など見える。抱卵の可能性。船を警戒し始め船の周りを飛ぶ。孵化の後の激しく攻撃する状況ではない。岩から餌をとる姿、今日のような太陽位置は今までの体験で集団採餌はない、おそらく、夜明けで行動し、休憩中と思われる。
 長島北断崖のアジサシ5羽にツガイが見えない。これまでと違う。カラスがいるから抱卵と餌採りの分業か。
 04と05年、長島北側断崖の雨の影響ない場所に群れていたが昨年ごろから確認できない。初めて北側にペアーが確認できた。
 ブイのアジサシ3,3奇数でいること珍しい。反対協長島・平島上陸禁止措置し、WWFにメール入れる。準備書に大浦奥の記述もあるので、弾薬庫沿いの嘉陽層の窪地にも巣があるか念のため、船を海岸線に沿って走る。
 カメラマン欲しい。
  7月12日(日)南の風、波あり、カメラの管理注意
 シュワブ岩9、ウムケー岩4、平島3、平島岩35~40、長島12、中瀬9、ブイゼロ、シュワブ岩8時から集団餌採り。1羽餌成功、追跡岩に4羽見える餌与えるとすぐ餌採りに、雛は見えない。マナル岩波荒く個体確認不能、平島岩群れる。
 7時半から8時半ごろまでは岩に休むようで、休んで集団餌採りは9時ごろからであろうか。シュワブ岩の例からすると子育て中と監視、餌採り中は数羽で共同監視しているようだ。長島東断崖も同様な感じがする。次の回は集団餌採り中の観察とする。
今日からマスコミのビデオ、カメラマン2人ついた。写真完成が楽しみだ。
調査はアジサイが赤道を目指す巣立ちまで継続される。
この記録はアジサシが赤道に旅立つまで継続
7月17日(金)
 毎年恒例の平和丸アジサシ観察日。今日は群れて餌を採る映像に焦点当てる。11時、QAB,M女史がカメラマンで同行。波荒い、カメラに飛沫掛からないよう低速航行。
 ブイ1-2羽、ブイ2-1羽、海上に3羽、長島北壁1羽、長島西9羽、北断崖8羽、平島0、平島岩約100羽以上群れる、シュワブ岩7羽、ウムケー島0、マナル岩波高く今日も観察不能(過去の観察平均値20として)、
 約150以上となる。観察以来最高
 アジサシ攻撃しない成鳥した若鳥たちが風に向かって風をつかむ行動を示している。親鳥は集団餌採りせずに、岩の周りを飛んだりしている。教育であろうか。平島岩はノチの窪みで日差し避けているの10羽以上、岩の上は白一色の感じ、100から120羽に膨れ上がっている。雛が成鳥になったようである。これまでの観察で真なると平島岩はほぼ同じの個数だから期待するも、波が荒く、カメラに潮がかぶるなどのリスク伴うので接近止める。外洋も波12日より厳しい。
 増えたけど、なぜ、平島は0か。長島への人の上陸痕跡なし。西と東の個数安定。中央部分にやはり0である。

 7月19日(日)
  夜の釣り人いるか確認に汀間7:00に出る。なし。長島は17日と同じ、平島0、シュワブ岩でエンジン切って風に流され岩に沿ってみる。2羽が最初に見えたが岩に近くなると11羽になっていた。岩の窪みにいるのが警戒して姿を現す。平島岩約60羽、エンジン切らずに流すと声を出して船の近くに来る。岩の窪みに隠れていて数えられない。ブイ①に7羽、ブイ②に11羽、まだ巣立ちしてないようだ。長島西、東とも成鳥になっていないようだ。

 7月22日(水)
 22に日は旧暦6月1日、スクの日、6時に汀間漁港出港、昨日同様スクとれたようだ。アジサシ各ポイント減少、旅立ちか。ブイ①②にそれぞれ10から12羽、旅立ち前の訓練中の休憩場所か。水分補給は激しいので日食とアジサシの観察中止寄港。


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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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