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2014年「日米合意」の縛り取り払い腐心してきた日米政府は?

5月15日誕生日 00歳になりました。
 金曜無言座り込み
5・15平和行進から5・16普天間包囲「人間の輪(和)」へ
 日本全国、人間の輪(和)の連鎖行動を


雨が降るなか米軍車が出てゆきます。

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 辺野古のオジー・オバー毎回参加
  元気貰います

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  80歳過ぎた田港さん、名護から毎回参加です。4月26日鳩山首相に直訴も行きました。
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アミフイクトゥ、タッチビー
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毎年恒例5・15平和行進スタート(14日)
  普天間包囲へ

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オジー・オバーもゲートから
  出発集会へ、頭が下がります

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激励の挨拶する
 稲嶺進名護市長

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豊原部落
 行進する

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 磯にユーナの花一輪
  ハーリー鐘とともに磯に咲き乱れる
沖縄の代表的な民謡「ユウナの花」、昔は学校音楽、今は?
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 琉球新報社説「米軍実弾訓練ー危険な嘉手納も撤去議論を」(5月14日)

 2014年完成無理、日米支配層は2014年合意を国民の目から忘れさせるために「迷走劇」、いよいよ、辺野古現行計画を期限設けないで利害一致、「命を掛けた」闘いに入るか。
「4・28」同様、屈辱の日である。05年だけ誕生パーテイーしたことがある。
 軍民共用空港勝利の実感を持った。
 普天間包囲に「辺野古移設反対、県内移設反対」がスローガンに入り、小泉首相がボーリング調査中止をにおわせた日であった。
 1年以上の日記を『愚直―辺野古は問う、沖縄非暴力の心』に思った。


 あの「読売」でさえー移設論、訓練移転論―負担軽減ならず
   5月14日電子版8時

 最終案には、「パッケージ」として、普天間や米軍嘉手納基地の飛行訓練を全国各地に分散移転する「沖縄の負担軽減策」も含まれる。だが、仮に実現しても、沖縄の負担軽減に直結するかどうか疑問の声もある。防衛省幹部は「嘉手納基地には飛行制限がなく、訓練移転しても、海外からさらに飛行機が飛来する可能性が高い。沖縄の負担は変わらないだろう」と話す

 (続きー照雄日記に見るジュゴンー意見書『別冊』 上)
 照雄日記に見るジュゴン
  環境審査会に提出した「別冊資料」(1)

 意見書は5月8日「宝の海」に掲載しています。

私はジュゴン研究家でも評論家でもない。現場でジュゴン1号、平和丸を操縦して、環境団体、平和団体を案内、違法アセスを監視し、方法書、準備書、環境審査会などに少なくない意見書を提出して来た。自分の目で、体で、耳で、頭で体験したことを書く。
 04年から08年7月待つまで、大浦・辺野古の海に漁師含めて、私が海にいた時間長いであろう。
 鳩山内閣は辺野古に戻って来る。大切なことは「そもそも」の問題から見ることであろう。
 海の上で記録した日記で「厳正に保全すべきAランク」の辺野古・大浦湾を見たい。


意見書「別冊」(上)

沖縄防衛局の違法アセスと
  ジュゴン追い出し作戦は許せない
        ジュゴン保護基金理事  大西照雄
1、 沖縄ジュゴンが住む海は地球が創造した驚異の世界
 地球儀を回してみよう。亜熱帯は砂漠と草原が主である。西太平洋に連なる島、琉球列島は照葉樹林と熱帯が複合し生物多様性に満ちた生態系、地球が創造した驚異の世界で、多くの稀少生物が生息している。森のシンボルはヤンバルクイナとノグチゲラ、海のシンボルはサンゴとジュゴンである。海兵隊航空基地建設予定地は沖縄県が定める「厳正に保全すべきAランク」の海域で、沖縄ジュゴンはこの海域を住家とする。
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2、 われわれは2度勝利した。
1995年9月、米海兵隊3人が少女を暴行した。沖縄県民は9万余の人々が結集して抗議の意思を表明した。1996年12月、日米政府は沖縄基地の維持のために、世界一危険な米海兵隊航空基地普天間基地を辺野古に移転することを合意した。
 ジュゴンは生息地の危機に公然と辺野古海域で人間の前に姿を現した。名護市民は1997年12月21日、日米政府の海上ヘリポート計画に市民投票で拒否の民意を確立した。
 日米政府は民主主義と住民自治を否定し、軍民共用空港を押し付けてきた。那覇防衛局(現沖縄防衛局)は、2004年4月19日、環境アセスメント法を無視して事前調査とボーリング調査を強行してきました。名護市民と沖縄県民はテント村を設営して非暴力の座り込み、海上櫓のすわり込み(04年4月19日から05年9月2日)で軍民共用空港建設を断念させる。名護市民は民主主義と非暴力で2度勝利したことになり、日米政府が成熟した民主国家なら、生物多様性に満ちあふれた辺野古海域への海兵隊航空基地計画を断念すべきである。
 日米政府は、米軍再編成を根拠に3度、沖縄県民とジュゴンに挑戦、V字型2本の滑走路を持つ沿岸航空基地建設に乗り出した。沖縄防衛局はアセスメント法によらない事前環境調査、ダミー方法書を出して国民の意見反映されない「アセス法逸脱環境調査」は、生態系かく乱とジュゴン追い出し作戦である。

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3、 わが第二の人生は平和の文化と生物多様性の地球の保育のために
私は、04年3月31日、高校社会科教師38年を定年退職で終わり、第二の人生に入る。私は、教室で21世紀の人類の目指す道は平和の文化(紛争の平和的解決と非暴力)と生物多様性の地球の保育と教えてきました。ですから、高校生への最後の挨拶は「基地問題(軍民共用空港)で稲嶺知事と岸本市長に勝人生を歩む」であった。
私は基地建設反対と生物多様性の辺野古・大浦湾を守るためにジュゴン1号を、退職金を抵当に買い、さらに、平和丸を購入して平和丸基金を創設して、自然保護団体、WWFjはじめ多くの環境団体を海に案内をしている。定年退職とともに辺野古テント村(座り込み)村長(04年9月まで)、海上でのボーリング調査反対行動、海の座り込みの総責任者(04年9月から05年9月2日)として、出張以外は1日も休むことができない日々が続いた。
04年9月21日、那覇防衛局の自然環境かく乱、ジュゴン追い出し作戦にHPを開設、ブログ日記で日本政府と米軍の生物多様性の海域荒らしを告発し始める。私は、約1年半余のブログ日記を『愚直―辺野古からの問いー沖縄非暴力の心』にまとめて出版する。
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4、 ジュゴンの不思議な世界と
 那覇防衛施設局のジュゴンへの無法行為と居直り
 琉球にはニライカナイ信仰がある。人間の幸福は海のかなたからやってくる。辺野古周辺には竜神の信仰も存在し、太陰暦5月4日は村総出でハーリー(船の競争)、また、太陰暦7月にはウンジャミという祭りが、沖縄中でノロや神人総出で行われる。辺野古は信仰の神々の住む場所、信仰の宮も存在する。神々が海から昇ってくる道は、ジュゴンがラグーンに入ってくるクチと同じである。ジュゴンは神秘で不思議な世界がある。前述のように辺野古基地建設が明らかになると人間の前に公然と姿を現してきた。ジュゴンは日米両政府が辺野古で基地建設に強硬な行為をすると必ず姿を現す。また、ラグーンにウミガメが現れるとジュゴンも現れる。私のHPブログ日記にはこの不思議な世界が記録され、後に『愚直―辺野古からの問いー沖縄非暴力の心』(2005年10月3日)と出版される。ジュゴンの不思議なメッセージと那覇防衛施設局の環境アセスメント法によらないジュゴン無視の記録を提出する。
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 ジュゴンのメッセージ(05年4月23日ブログ日記)
  施設局(那覇防衛施設局)の船団はダミー船団、西と東の入れ替えで東西に動き待          機に入る。空に取材のヘリが舞うが、東に飛び姿を消す。思えば、ジュゴンが呼んだのかも知れない。しかも、洋上では闘いのさなか。朝のジュゴンの撮影はあったが、昼の出現は聞いたことがない。イノーでは船団が動き、洋上では海上保安庁の大型巡視艇が東西に動く名護東海岸に現れ、しかも、ヘリが取材で飛んでいる時間に合わせるかのようで、偶然でない自然のメッセージだ。
 琉球新報22日朝刊には、辺野古の隣、嘉陽沖で撮影したジュゴンの写真。しかも、闘いの真最中午後3時過ぎである。嵐とジュゴンの出現は自然・平和破壊に対する自然の警告である。
  夜間のジュゴンの食事中に作業が(05年4月26日ブログ日記)
 体がだるく、起床遅い。6時、緊急連絡。ボーリング作業強行。7時に現場到着。すでに単管やぐらに機材が上げられ、登れないように二重の金網が張られている。作業船7隻が停泊、われわれの船はすでに4隻の体制で、睨み合っている。ボーリング調査の作業計画書では、ジュゴンの生態に配慮して航行、作業は日の出1時間後(日の出5:55)としている。ジュゴンへの配慮まったくなしの奇襲作戦である。
 25日夜間、26日未明作業について、後に情報公開で那覇防衛施設局の「単管足場の機械及び侵入防止金網設置計画案について」(案)を入手する。25日・26日作業に関して次のように記述されている。

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「辺野古の警戒船(2班)は、ボーリング調査が順調に進みだしたら夜間警戒に従事する作業船、警戒船(1班)と入れ替わり、昼間の警戒業務にあたる。夜間警戒にあたる作業船、警戒船(1班)は母港に寄港した後、再度調査地点へ戻る。」

那覇防衛施設局は謀略戦に出た。謀略は理性にない世界を演出する。ボーリング調査において、ジュゴンへの配慮事項を「掘削」のみという屁理屈を作り出した。小さな掘削機のエンジン音はジュゴンに影響を及ぼすから昼間に行う。ジュゴンが餌を藻場で食べるころ、夜間のエンジン音は許されるというのである。理性や社会の常識が通用しない世界を演出する。(4月29日)
 

子供騙しの嘘(4月30日ブログ日記)
 那覇防衛施設局はジュゴンの道(クチ)を避けると言ったが、クチも構わずブイやアンカーを落とす。使用協議書を投げ捨てたという宣言に等しい。
 東京では中山防衛施設庁長官が沖縄議員懇談会で「ジュゴンは、昼間は動かず、夜に側にやってきて餌をとります。ですから私たちの業者は、日の出後1時間たって船を出します。また、日没1時間前には帰ってきます。業者が現場に行くと、反対派の人たちは、日の出とともに船を出して単管やぐらに取り付いています」と講演している。これは新しいメッセージである。翌日の新聞に24時間体制が報道される。


 16日(中)


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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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