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普天間包囲「人間の輪」から「安保夏の陣」-そして秋へ

18日・19日休みます

普天間包囲人間の輪
  完全に一つになりました。


 「大衆が自らを信じ、力を確かめ、決意を新たにした」(復帰闘争碑碑文)5・16普天間包囲成功しました。連日の雨の那覇の成功は特別の意義があります。日本全国で連鎖行動も新しいうねりです。日本列島に人間の輪が広がっています。
 3月28日、北海道道民集会で4・25・5・16を沖縄県民は成功させる。次は政治戦線がが日程としてあり「安保夏の陣」と述べ、安保が争点になり、安保廃棄勢力の前進が大きな意味を持ってくる。
 
 「安保夏の陣」から「安保秋の陣」が政治日程として待ち構えています。さまざまな動きがあり、自公・民主などの安保維持勢力も命がけの布陣を敷きます。
 1968年の米軍占領期の3大選挙を想起させます。「宝の海」は、2・3日休みます。

動画はQABで見れます。


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  (続き) 照雄日記に見るジュゴン
  環境審査会に提出した「別冊資料」(下)

 意見書は5月8日「宝の海」に掲載しています。



 照雄日記に見るジュゴン
  環境審査会に提出した「別冊資料」(下)

 意見書は5月8日「宝の海」に掲載しています。



沖縄タイムス3月27日「論壇」
ジュゴンの不思議な世界と力
 県民は試される
  名護市大北3-8-20
    大西 照雄 (64)
 名護のソバ屋のオバーがジュゴンの話をしてくれました。昔の名護の漁師はジュゴンをアカンガーユー(赤子のように慈しみ育てる魚)と海に帰したようだ。また、世界各地で人魚のモデルとして民話、神話に登場することも少なくない。
 1996年12月、SACO合意で普天間の名護移設(海上ヘリポート)が決定されると、ジュゴンは公然と姿を現しだした。04年4月から翌年9月2日までの軍民共用空港のボーリング調査の際は、那覇防衛局が強硬姿勢を見せると、辺野古のイノーに海ガメが姿を現し、ジュゴンが撮影される。05年10月、米軍再編成で沿岸案が示されると頻繁にテレビの画面に姿を現し、V字形滑走路の事前調査になると海ガメと戯れ、また、夫婦で交尾を繰り返し、海中での撮影にも自ら船に寄ってきて「自然の権利」をアピールする。
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 私は平和丸基金(平和丸、ジュゴン1号)を創設、海上行動、ジュゴン調査、サンゴ調査、ジュゴン水中撮影に協力してきました。ヘリのカメラマンは「ジュゴンが平和丸によってゆく」と述べている。昨年8月下旬、旧盆明け、沖縄防衛局は朝7時から夕方5時までジュゴンの休む海上を、4日間飛ばし続ける無謀な行為を行った。平和丸から沖縄防衛局、環境省に電話をかけ続け、4日目10時にヘリは去った。平和丸の横にジュゴンは独特の鼻を水面に出し、御礼とも思える行為であった。これらの不思議な世界はテレビの映像として記録され、私のHP[宝の海]の航海日記に日々記録されている。
 ジュゴンは、米国文化財保護法(NHPA)でジュゴンの海を守れることをを知り、国防省、国防長官を被告に法廷で争う提訴を行い、400米環境団体が支援に立ち上がった。
 防衛省は徹底した秘密主義の欠陥方法書で人間を欺いてきた。ジュゴンは、まず、住宅上空を飛ばない嘘を暴いた。島袋名護市長、東宜野座村長は騙せてもアカンガーユーは騙せないのだ。さらに、ジュゴンは方法書で秘密にされた戦闘機装弾場、軍港計画、軍用機洗浄(3か所)などなど暴き、沖縄県環境影響審査会で問題になり、防衛省は追加方法書で認めざるを得なくなった。やがて、戦闘機の運用も暴くであろうと思われる。
 日本のアセス、防衛省の事前調査の専門家は、氏名の記載されない「幽霊専門家」の助言となっているが、ジュゴンはアメリカの法廷で「幽霊専門家」の証言を不採用と認めさせ、日本の専門家や研究者に科学者として堂々と署名するよう求めている。
 沖縄防衛局の方法書は生きたサンゴ群落を浚渫、沖縄近海から沖縄が12年で使用する海の砂を取る計画を表明している。国際サンゴ年の記念すべき年、また、サンゴを養殖しても増やそうと努力する時代に、サンゴ破壊と「厳正に保全すべきAランク」の海をかく乱させたら「美ら海・美ら島」は死ぬであろう。
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 生物多様性保全条約(1992年地球サミット)は、人類は地球を「保育」する言葉を生み出した。ソバ屋のオバーのアカンガーは保育の育てを意味する。ここにもジュゴンの不思議な世界が見える。
 私たち沖縄県民は辺野古計画を2度頓挫させてきました。先日、沖縄防衛局と交渉しま
したが、政府も沖縄県も、どこも受け入れるところがないから辺野古と言ってきました。ですが、沖縄防衛局は地政学的戦略論を展開してきた。平和と環境の両面から県民は試さ
れれる。


沖縄タイムス4月22日「論壇」
 防衛局の調査は非科学的で
     ジュゴン追い出し作戦?
 沖縄タイムス論壇(4月7日、桜井国俊沖縄大学学長は「欠陥品の防衛局アセス」の中で「辺野古<アセス>はアセスでない」と書いている。そもそも、環境アセス法は国民意見を求め、国民参加と公開性を法の命とするが、防衛局と沖縄県はダミー方法書を出して国民意見をはく奪した。
 沖縄防衛局は、約1年の事前調査を行ってきたが何一つ公開されていないばかりか秘密と嘘のアセスとなっている。われわれは、大浦湾の「世界最大級アオサンゴ」(東京新聞3月24日夕刊)はじめ、作業ヤードで浚渫破壊されるユビエダサンゴ(沖縄最大)、クマノミ群棲・スイショウガイ(動くサンゴ含めまれ)など現時点で公開してきた。湾内にこれだけのサンゴ群が生息するのは学者も見落とし、世界の学会でも報告がないと言われ、数十億円の調査を行っても報告がなく、桜井氏「血税投入許せない」を証明する。
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 私は海洋生物研究の専門家ではないが、船長として日本自然保護協会、WWFJなどマスコミのサンゴ、ジュゴン、アジサシ調査などに協力している。結論から言って防衛局の事前調査、「アセス調査」は非科学的で環境かく乱、ジュゴン追い出し作戦と言っても過言ではない。
 ジュゴン調査に関して二つのことを指摘する。その1、昨年5月下旬、沖縄防衛局は海上保安庁巡視艇4隻、ゴムボート約20艇、チャーター船約20艇、しかも、自衛艦も出動させて海中ビデオカメラ、ソナーなど設置した。ビデオカメラは昨年6月撤去して、ソナーも同様である。海の潮は上下運動を繰り返すから、すぐ、カメラに汚れが付き、藻や貝が付着することは海のイロハである。しかも、ジュゴンの道(クチ)に集中的にカメラ、ソナー設置するからジュゴンの障害になり、放置された台座は、海の水流を変化させ、魚やタコのヤナ(巣)をかく乱、漁師はヤナが汚れ、魚が消えたと証言している。海上保安庁は、第11管区総出動させ、数千万円投入しましたが、「厳正に保全すべきAランク」の海域破壊から手を引くべきである。
 沖縄防衛局はヘリからのジュゴン調査を行っている。ジュゴンを1日中、数日連続で追い回し(3月27日論壇「ジュゴンは騙せない」参考)ている。
3月22日、沖ではヘリがジュゴン追い回し、浅瀬では環境省による中学生ジュゴン食み跡体験中、われわれが「ジュゴンが3時休憩場」と命名している場所でヘリ(海上保安庁、環境省から回答なし)が、3時に来て上空50M以下でホーバーリング行っている。私は海上から環境省、沖縄防衛局(最近は担当に回さない)に中止要請を繰り返している。
 マンタ調査(船に左右に棒を出しダイバー二人シュノーケルで海草や生物調査)が行われている。自然保護団体の方法は一定の面積をブイで示し、ジュゴンの食み跡を発見したらアンカーを落とし数名で確認する。防衛局のマンタ法は船のスピードも速く数時間泳いでいるだけである。その他の調査も国際的ルールと言われている方法ではない。

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 (エリグロアジサシの雛、2羽いますが、わかりますか)

 防衛局は「アセスでない辺野古『アセス』」(桜井氏)で、秘密主義、隠ぺい、非公開、非科学性の現場、この調査結果は日本で通用しても国際学会(国際サンゴ年)、アメリカジュゴン訴訟では資料価値及び証拠資料にならない。環境コンサルタント、協力している学者・専門家、ダイバーも手を引くのが賢明であろう。(旧3月3日)


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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