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共同世論調査、菅直人、ルース、市川房江、琉球の女、宝の人



「ハト・カン」内閣の沖縄・安保隠し
  
「ハト・カン」内閣支持61%(共同通信世論調査)
    日米合意堅持52%(上同)
 移設探し論の危険な結果であろう。民主・国民新党・社民党の連立政権構成各党は移設先探しを競った。内閣支持率にはお祝儀的側面もあるが、日米合意52は移設に怯えた国民の「安堵感」も否めない。
 日米合意(再編成05年)、小泉政権以来、6代首相が変わった。私たちはどんな政権の中でも辺野古に座り、冷静に対応して来た。日米外交、日米安保を見る国民の目、沖縄を共有する行動は、確実に前進している。

 
 民主党および小沢の沖縄戦略は、沖縄の参議員選挙に楔を打ち込み、実質的に仲井真知事容認し、アセス手続き、埋め立て許可を行うことであろう。
 
 また、参議員選挙も現職(自民)は許容範囲、民主党沖縄県連を立ち上げた人の奥様。むしろ、衆議院選挙への布陣が、民主党の戦略である。

沖縄は新しい生命を生みだす苦しみを耐えなければならないようだ。
 社民党沖縄県連、参議員の候補に大衆運動にとって重要な人物を候補に挙げて来るであろう。私の情報が確かなら沖縄の運動にとって痛い。高江・辺野古の現場にとってかけがえのない宝である。政治家は作れるが民衆運動のリーダーは作れない。

 過去にも経験していることである。何故、イジュ氏に統一できないのか。

辺野古も高江も現場に足を据えて「県民を信じ、力を確かめ、決意を新たに」、日々の実践を大切にする。13年の歴史の宝である。

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 「ハト・カン」内閣を越えて
   ルース代官(米駐日大使)が沖縄に乗り込む、この異常国家?
  「ハト・カン」内閣への新恫喝
   仲井真知事を「褒め殺し」行脚?
 電子版によれば、8月中旬、ルース代官が沖縄に来るようだ。この国の閣僚(防衛・外務・沖縄担当大臣)を飛び越えて、沖縄直接支配に乗り出したとみるべきであろう。また、「ハト・カン」内閣への新しい恫喝とみるべきであろう。この国、実におかしい国だ。
  あわてふためいて、北沢・岡田が動く、北沢は長野で金縛り、ソフトスマイルで前原?
 沖縄の首長、恫喝、分断、褒め殺しの日米共同作戦の開始か。

 沖縄の知事、首長および議員は日本国憲法で制定された地方自治法によって選出されている。占領期の大統領行政命令よる、布告、布令ではない。日本の閣僚の「説得」も、まだ、日程が決まってない。キャラウエー高等弁務官時代想起させる。
 オバマ大統領は「ハト・カン」内閣を信用してない証し、「先陣」をルース代官がするとは内政干渉の極みだ。沖縄はアメリカの植民地ではない。
 「ハトカン」内閣、恥ずかしくないか。
 しかし、このおかしさ、日本人には理解無理だ。
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(金曜集会、初の木曜集会26人参加)

 広がる「無言座り込み」
  若い世代のユニークな連帯
 闘いは山あり谷あり、大波小波、さざ波のない時もある。普天間・辺野古13年の歩み、ですが地下水脈、マグマの量は太く広い。

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 (名桜大学生の寄せ書き)

 イジュさんで共同を
 社民党は沖縄の大衆闘争の宝を失ってはいけません。
 無言座り込みが木曜日になり、一週間のリズムが狂い今日は、テント村で午前中寝ていた。名護市長選挙、政策の明確化と統一のためにヤンメームン奮戦した。
 沖縄の大衆闘争に重要な宝、社民党が立てるという。小沢戦略の中、沖縄の闘い、社民党の将来にもよくないと思う

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(赤旗一〇日、三面、伊波洋一市長、東門美津子沖縄市長、元名護市長渡具知祐徳(社大党顧問、町田宗徳元沖縄市長(社大党顧問)も推薦人になっています)

(続きー客室から見る市川房江と菅直人)

 市川房江女史と菅直人
  師を裏切る?
 私は教師38年、1度だけ国語の教師にさせられた。近代文学全集、近代詩全集など読みふけった1年であった。近代文学にみる女性の歴史メモが残っている。
 樋口一葉「13夜」のお関は、月を見るたびに蘇って来る。
 平塚らいちょうや市川房江、与謝野晶子など独学である。
 今、菅直人と市川房江論が、マスメディアでカンを市川房江と関連して持ち上げる風潮、晩年、市川房江女史は安保廃棄を唱えた。カンは日米同盟深化、対米従属を深めている。師への裏切りである。
 
私の客間には憲法9条の掛け軸(30年以上)があり、藤田継冶「那覇の女」(琉球の女)を飾っている。拙著『啄木と沖縄』で、沖縄の新しき女たちの登場を、藤田「琉球の女」から考察した。「琉球の女」のコピー画は、昨年、秋田の平野誠吉美術館から送られてきた。
 戦争画の藤田の絵をなぜ、9条の掛け軸と同じ部屋にあるのか。この絵のモデルのに、沖縄の女性が近代的自我に目覚め、市川房江の歩んだ道が刻まれている。
   琉球の女は悲し 
     人形の家にすまいて疑いもせず
      山城政忠(与謝野晶子の弟子、大正期の作、藤田は昭和13年山城の肖像画残す))

 沖縄戦後史、高校時代、喜如嘉の同級生の母親がインターナショナル歌って聞かせました。少女時代(昭和6年)歌ったという。沖縄近代史で「新しき女」たちの歴史、また、この村に沖縄初の火葬場を始めて作った宮里悦女史。
  (1月27日に喜如嘉ガイドあり)
 カンと女性史結びつけて、今日のカン、讃えること違和感感じます。
 
 市川房江女史たちの運動は、1970年代後半「女性の権利条約」「子どもの権利条約」と結実し、1999年9月13日「平和の文化宣言」として、20世紀に人類が獲得したもろもろの人権を結実させて、21世紀の人類の進む道を指し示す。
 市川房江で菅直人を讃えることに異議あり。

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 (花、サンシン、9条は我が家の家訓(?)である。


緊急情報
 大宜見村議会決議

  (東村は「悪魔と手を握る村政ー)

 東村高江地区へのヘリパッド建設に反対し、北部訓練場の無条件返還を求める
意見書

 日米両政府は、1996年(平成8年)12月2日、日米安全保障協議会で、
沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告を承認した。北部訓練場の
返還は
このSACO最終報告に盛られた。
 その中身は、これまでほとんど使用されていなかった、北側半分を返還する
代わりに、①宇嘉川河口の海からの進入路の新たな確保、②ヘリコプ
ター着陸
帯(ヘリパッド)を南側へ移設するという2つの条件の下で北部訓練場の過半
(約3,987ヘクタール)を返還し、特定の貯水池についての米軍の共同使
用を解除するというものであった。つまり北部訓練場の南側部分の機能を、よ
り一層強化することが本来の目的であり、SACO最終報告から14年を経て
なお返還が実現しえていない現状は、普天間飛行場代替基地問題同様、沖縄県
民、地域住民の合意を得られない証である。その北部訓練場は、1988年
(平成10年)には「ジャングル戦闘訓練センター」と名称を変え、世界で唯
一のジャングル戦のための戦闘訓練施設として、海兵隊のサバイバル訓練や、
ヘリコプターでの移動宙吊り県連、模擬弾を使用する射撃訓練など、戦場さな
がらの訓練が行われている。しかも新たに建設される予定の6ヶ所のヘリパッ
ドは、高江集落を取り囲むように計画され、最も近い民家から400mしか離
れていない所もある。すでに、南側には、15ヶ所のヘリパッドがあり、昼夜
問わず上空をヘリが飛び交っている状態である。そのヘリも従来の老朽化した
CH46型に替わるMV22オスプレイ機が配備されることは、米軍計画で明
白のことである。直接の所管である防衛省沖縄防衛局は、問答無用の態度で、
説明を求め工事の強行に抗議する住民を「通行妨害」提訴まで行っており、本
末転倒の住民軽視の暴挙である。
 本村は、この東村高江区と隣接しているばかりでなく、県民の水がめとして
の貴重な水源地やヤンバルクイナ、ノグチゲラなど動植物の宝庫を共有してい
る。その中での基地建設は、爆音と墜落の危険性が今以上に高まることに大き
な懸念がある。また、本村は、この訓練場と伊江島補助飛行場、普天間飛行場、
金武町ブルービーチ訓練場などと結ぶ飛行ルート上にあり、近年、特に集落地
域での低空飛行が増加し、村民からも大きな不安と、抗議が寄せられている。
 よって、本会議は、東村高江地区の米軍ヘリパッド建設に反対し、計画撤回
を求めるとともに、北部訓練場の無条件返還を強く求める。

 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成22年6月10日
                       沖縄県国頭郡大宜味村議会
あて先
内閣総理大臣
外務大臣
防衛大臣
沖縄及び北方対策担当大臣
沖縄防衛局長
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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