スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

高江の闘いに備えて



 「宝の海」日記2・3日休みます
 カン首相の「感謝」「お礼」
高江の工事再開になると、研究会、講演の資料作れません。今日、明日で作る。29日から高江になる可能性あり。
 
27日(日)、恒例のアジサシ観察に出たのだが、平和丸の舵の油圧に故障発見、出港止める。

違法調査継続中069_20100627123545.jpg

テント村よりました。選挙の日曜日も訪問者絶えません
074_20100627123611.jpg

庭の野牡丹一段と咲きました。
076_20100627123624.jpg

沖縄タイムス社説

[お礼表明・感謝決議]政治の無策の果てに…
政治 2010年6月27日 09時41分

(6時間1分前に更新)

 沖縄の基地問題の歴史をひもとくとき、実行されない「政治の言葉」があまりにも多いことに気付く。心のこもらない美辞麗句であったり、その場限りの思いつきであったり、いずれの場合も約束したことが実行されないため、「政治の言葉」は信用力を失い、軽くなる一方だ。

 普天間問題をめぐって生じている「政治の言葉」に対する不信感を軽く見てはいけない。

 次に紹介する文章は、いずれも衆議院本会議で可決された国会決議の一部である。

 (1)「政府は、沖縄米軍基地についてすみやかな将来の縮小整理の措置をとるべきである」

 (2)「沖縄県民の筆舌に尽くし難い米軍基地の過重負担に対する諸施策が極めて不十分であったことを反省する」

 (1)は、非核三原則と抱き合わせに復帰前年の1971年11月に決議したもの。(2)は、米兵による暴行事件や県民投票などの動きを受け、97年4月に決議したものである。だが、2度の国会決議にもかかわらず、負担軽減は進まなかった。米軍基地の大幅な整理・縮小が進んだのは本土のほうだ。

 97年決議は「沖縄のこころをこころとして厳しく受け止め、沖縄問題解決へ向けて最大限の努力を払う」と指摘しているが、今となってはむなしく響くだけである。

 「政治の言葉」の衰退現象は国会決議だけに見られるものではない。首相の「お礼」表明も米国議会の「感謝」決議も、住民感情を無視した「独りよがりの感謝」というほかない。

 菅直人首相は沖縄全戦没者追悼式で、沖縄に基地負担をお願いし続けていることに触れ、「全国民を代表しておわび申し上げる」と語った。

 そしてその上で、沖縄の負担がアジア太平洋地域の平和と安定につながっているとの考えを開陳し、「素直にお礼の気持ちも表させていただきたい」と付け加えた。

 沖縄の過重負担の軽減が国政の重要課題になっているときに、「おわび」だけでなく、あえて「お礼」を口にしたのである。慰霊の日に、戦没者追悼式の場で。

 米下院も本会議で「日本、特に沖縄の人々に感謝を表明する」との決議を採択した。米国議会は97年にも感謝決議を行っている。

 「感謝」の言葉に込められているのは、「これからも引き続き基地負担をお願いしたい」という、沖縄の主張とは相いれない隠れたメッセージである。

 県民はこれまで、「負担軽減」という言葉を耳にたこができるほど聞いてきた。

 だが、日米交渉の場で米国側が主張してきたのは「抑止力の維持強化」である。

 交渉の場で事務官僚同士が確認したことと、日本政府が国民向けに語ってきたこととの間には、しばしば齟齬(そご)が生じた。

 基地問題に関する「政治の言葉」は、すっかり信用を失ってしまった。沖縄住民の心に届かない「お礼」表明や決議が日米双方から繰り返される現実は、政治の無策を自ら認めているようなものである。

スポンサーサイト

非公開コメント

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。