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過去から学ぶー在京マスコミ。辺野古・高江情報

日米共同声明、カン内閣の普天間・辺野古をきるために  
過去の歴史から学ぶⅡ
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)
    
米軍再編成(日米合意)序曲(1)-現在も全く同じパターン


在京マスコミと日経新聞社説   「宝の海」05年10・9
 
しばらく、毎日日記休んだ。陸上案、浅瀬案で日米が喧嘩(芝居)している。
① 日米政府筋の発言は面白い、いいたい放題言わせ。そもそも、小泉の「見直し」は辺野古内の見直し(押し付け)で傷みを弱者に押し付ける政策と「脱亜入米」論ではアメリカと喧嘩出来るほど日本の外交は成熟していない。喧嘩報道するのは小泉外交の幼稚性を隠蔽するもの、その追従振りはすぐ現れる。「喧嘩させておけ」、両者のこちらの理論となる。これは、県と岸本の言動も同じ。そもそも、浅瀬案は1997年国防省が設計した案で「小さく作って大きく広げる」で、名護の民間案は事実に反する。岸本浅瀬案ではヘリもオスプレイも「常駐」できず、国防省設計が秘められていて、国防省は死んだ構想が蘇った(工作した)に飛びついた。
② この間、名護市内で連日、縮小案を中心に街頭演説、公民館の所在地の3分の2は岸本批判を行なった。何も、書かなかったのは、沈黙している「第4の権力」在京マスコミが、小泉圧倒政権の中で閉塞している米軍再編成に、特に、焦点である普天間沈黙を破って側面から援助に出てくるかを見極めるためであった。どの社がプライスリーダーの役割を果たすか待っていた。ラムズフェルドが来日シテ、すでに、揺さぶりをかける。7日朝日が報道、8日毎日報道、来た、9日は日経新聞だ。

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      辺野古を国家権力で弾圧せよかー日経新聞
        在京マスコミの主流にしてはならない。
 5日、那覇防衛施設局、米領事館、外務省沖縄事務所に要請行動をした。外務省交渉、防衛庁交渉で明らかになった抑止力強調と政府が住民を無視して国家権力を前面に出してくる兆候(日米政府高官の言動の変化)を中心にわたしは発言していた。
 日経新聞は8日、二面社説含めて全面的に辺野古押し込めに入った。社説は「政治責任で普天間問題の対立を解け」と米国追従論陣を張り「浅瀬案にせよ、辺野古沖案にせよ、心配されるのは『海の3里塚闘争』と呼ばれるような妨害行動であり、反対派を説得する作業は本来政治家の責任となる」と書く。沖縄の「武器無き戦い」の歴史、辺野古の非暴力の戦いを「過激」と描き、政治家個人を挑発し、「いったん決定されれば、違法な妨害活動を放置は出来ない。警察、海上保安庁による適切な対応が必要になる。その判断は首相の判断になる」と強権発動を首相に求め対米追従の一層の政策を迫る。
 「第4の権力」は朝日、毎日をジョギングにして、日経をプライスリーダーの先導役にした。しかし、わたしの予想を上回る勢いで日経が国家権力導入誘導、激励、政治家責任を追及するとは思いもよらなかった。
 日本の歴史上、住民運動、市民運動をこれほどまでに国家悪として国家暴力装置を導入せよと提言した新聞を知らない。平和の文化、環境の世紀に、これほど環境保全運動に強権を投入せよと主張する新聞を知らない。非暴力に暴力を行なえとする新聞を知らない。
 9月に入って各関係機関に懸念を表明してきたことが、在京マスコミが政府、政治家に代わって先陣をきった。わたしは、在京マスコミ全体の意思を日経がプライスリーダーの役割を果たしたと読んでいる。ここまで来たか在京ジャーナリズム。
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「日本のメディアの「大本営」は戦前から変わらず。
 GHQ[大本営]、サンフランシスコ条約「大本営」、安保・日米同盟「大本営」と形が変わっただけ」と、私はメディア観を持っている。
  1950年から1955年の在京新聞沖縄報道を見れば単純にわかる。
報道しない「大本営」、歪曲する「大本営」。

沖縄はメディアとの闘いでもある。自衛艦「ぶんご」の投入となる。

(続きー辺野古・高江情報)



 辺野古・高江情報
辺野古
 第19回シュワブ無言座り込み行動(8日)32人参加しました。


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仲井真知事の役割
違法調査、今日も大がかりな調査、望遠カメラダメになり、普通のカメラ。調査船ご飯粒にしか見えません。(弾薬庫から)
 仲井真知事「厳しい」「困難」は、アセス手続きなどで「困難」「厳しい」を状況を取り払うこと。方法書やり直しの答申を尊重せず。常に、国がやりやすいように全面的に協力することである。

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 長野県松本市から
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ジュゴンに心こめて
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 高江
  動きありません。10時時点で約20人詰めています。
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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