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台風・食文化。甲子園、グワム

 台風4号
庭のウリ類が、何もなかったように、勢いよく蔓を伸ばしている。
台風4号沖縄本島から外れ、どんよりとした雲が流れ雨はなさそうだ。北緯23度、東経24度付近で台風になったのは、私の記憶にはない。台風の目も不明確であった。この数年台風は北緯20度付近で発生している。子どもの頃、台風になれば「バシー海峡東方海上」を耳にタコが出来るほど聞いた。台風発生地点が北上しているのか。
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(ゲッケツの花)
 今年はゴーヤ―などのウリ類が悪い。ゴーヤーの白い腸ハンバーグにするととてもうまい。大量に使うところで商品化試みたらどうだろうか。騙されたと思って実験してみてください。
 
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 (台風対策で骨組だけのテント村)
沖縄の食
   
時に、沖縄は豚文化「一番美味しいところはどこだ?」と聞かれる。「端がうまい」。
 那覇市場のチラガー(頭)の皮、観光客の奇異の対象になっているが、うまいのだ。特に鼻は絶品だ。他府県の人々も、チマグ(足の指?)を食べるようになった。足をアシチビチ(豚足)という。豚のジュー(尻尾)のうまさは「止められない止められないカッパエビセン」である。
 豚の最高のうまさは「チーイリチャー」(血でいためる)が一般的、豚肉1頭を大鍋で塩だけで味付けするヤンバルの料理は最高の料理方法。
 沖縄では、ブタ、山羊とも毛以外はすべて料理の対象である山羊は血が入らないと山羊料理言えない。
 山羊の睾丸は「特権階級」の珍味、シラコ好きならわかるはずだが・・・・。
シチキー(塩漬け)の時代に過ごした者には、熟成したシチキー少々臭みが残るが忘れられない味。日本の肉食文化歴史は古くない。中国・朝鮮・沖縄食文化が大きく食文化を変えたと言われる。
 アジアには共通食文化として、豆加工文化、塩辛文化はある。大陸のチーズ文化と対比される。
 モンゴール帝国は馬で築き上げた帝国、砂漠で水がなくなると馬の脚にストロー入れて、生血を飲んだようだ。
 アジアの肉食文化は多彩である。
 沖縄がメタボ日本一、アメリカ食文化が最も流行、支配されている。コカ・コーラーと甘いお菓子、フライドチキン。
 手作りの沖縄料理衰退、野菜中心から肉の過剰、砂糖の過剰な取りすぎか。長寿県も返上だ。
 復帰前後、ミミガー、アシテビチなどシンシチ(親切)してふるまうと、ほとんどの人がダメであった。「覚醒」の感がする。
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  (守る会で台風時も座り込み)
 高校総体
   ボート競技
 現職の頃、漕艇競技を見ていた。高校の教師は何かの競技を見る。塩屋湾で開催中、激励に行きたいが、体がついて行かない。
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 (テントを乾かす若者たち)

 興南甲子園登場
   沖縄中が休業状態に入る。

資料 琉球新報社説
グアム移転異議 軍の論理優先の限界だ2010年8月10日
 愛着のある土地に住む主権者の意思を見誤る、あるいは無視を決め込んで、軍事の論理を押し付けようとする国家に対する民の側からのしっぺ返しと言えようか。
 在沖海兵隊員約8千人の移転先であるグアム政府は、新たな基地による米軍基地の規模拡大に反対する書簡を米政府に送った。グアム住民に古くから横たわる米本国政府への不信感があらわになった格好だ。
 米議会上下両院が関連予算の削減を求め、移転計画が延期されたことに加え、米政府に影響力を持つ上院の重鎮議員が海兵隊不要論を提唱し、論議を呼んでいる。
 その最中のグアム政府の異議申し立ての影響は大きい。沖縄の負担軽減の目玉とされる在沖海兵隊のグアム移転はここへ来て荒れ模様の様相を呈している。
 混迷の根は在日米軍再編に伴う海兵隊のグアム移転協定にさかのぼる。
 2009年2月に日米両国の外相が署名した協定は、在沖米海兵隊員とその家族約9千人を14年までにグアムに移転させ、移転経費102億7千万ドル(約9千億円)のうち、日本側が60億9千万ドル(うち融資32億9千万ドル)を負担する内容が軸になっている。
 最大の問題点は、普天間飛行場の名護市辺野古への移設が実現しなければ、米側が嘉手納基地より南にある必要性が乏しい海兵隊6基地の返還に応じない点である。
 1996年の普天間返還表明の際の米国の認識は、平たく言えば「返還するので代替基地を造ってくれ」だったが、日本側の対米追従が続き、グアム協定によって米側は「代わりを造るなら、返還してあげる」と居丈高になった。
 観光地・グアムは頻繁に停電に見舞われたり、生活用水の十分な確保に難がある。空軍の拠点基地を抱えるだけに、海兵隊移駐に伴う社会資本整備の遅れへの懸念は大きかったが、グアム政府はこれ以上基地を抱えたくないと踏み込んだ。日米合意の早期達成ばかりに目を向ける米政府への明確な意思表示である。
 海兵隊移転に対するグアム住民の反対運動が活発化していることもようやく米大手メディアで取り上げられ始めた。
 軍の論理を上位に置き、基地を抱える側の民意を黙殺しようとする構図は沖縄もグアムも全く同じである。民の論理を優先した普天間問題の仕切り直しが必要だ。


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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