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沖縄の夢実現へー心一つに

甲子園で沖縄の「夢」を着実に歩む
  
木曜無言座り込み
 8月19日木 7:30-8:30
  キャンプシュワブゲート


沖縄の青春から学ぼう

普天間基地を返還させて
  沖縄一の街を作ろう
 1992年から97年までの野外学習は嘉数台地、沖縄戦日米の総力を挙げた戦いの地、中部から北部まで展望出来る。この学習の総まとめが『沖縄の太陽物語』になる。
 1998年から定年までは沖縄愛楽園。
 「この基地を1日も早く返還させて、沖縄一のすばらしい街を作るのが、21世紀に生きる君たちの仕事になる」(沖縄の太陽物語―あとがき)
 この18年、確実に沖縄県民は実現に向けて、基地返還させてすばらしい街を作っている。
IMG_0001_20100818070808.jpg
(沖縄県作成、日本共産党県議団だより~) 

山は動く
 確実に進む沖縄の闘い
 今、沖縄では「山が動く」と言う自信が確実に使用されている。甲子園の沖縄の青春も着実に頂点目指し感動を与えている。昨日の日記で琉球の文化の中で人間性を阻む「禁止」の碑(現代の法律)など、沖縄の「山も動かす」心を書いた。
IMG_20100818070823.jpg
  (すがすがしい青春と政治の腐れ)
 武器なき琉球、そして、私は沖縄戦後史から「非暴力」を学び、辺野古・高江で実践している。
 「山は動く」を実感したのは、伊波洋一宜野湾市長の誕生(03年4月27日)であった。

その頃、ジュゴン裁判でアメリカの弁護士のみなさんが「大西さんたちは、あのアメリカと対等に闘っている」と言われたが、当時、ヘリ基地反対協議会は事務所もなく、谷底にあった。
そして、今、伊波さんが秋の沖縄知事選挙への出馬を決意した。阻むものはない。(読売電子版、伊波氏押している政党、社民・共産党と書き、社大党欠落、意図的か。それとも、民主党への配慮か)
 先日、菅原文太さんが「学者・評論家」への批判を述べていた。
 今日、日本社会で顕著に見え始めたのは「政官学報」(畑田重夫―日本平和委員会代表理事)、政治家・官僚・学者、メディアの一体的な反動的姿である。
 この状況下で秋の知事選挙闘われる。非理法権の日米政府の沖縄政策、着実に沖縄の民意は、日米政府を追い詰めている中での闘いだ。
 普天間基地返還させて「日本一すばらしい街」を作るのが、そして、真の意味での「癒しの島沖縄」を作るのだ。高江は熱帯と照葉樹林の自然体験国民キャンプ、キャンプシュワブは「長寿―癒しの国民リゾート」など夢を見よう。
 喜納昌吉
  川は流れてどこどこ 行くの
  人(昌吉)も流れて、どこどこ 行くの?[シュワブ跡利用]市民対立を乗り越えて

興南ベスト4進出
 山のようにどっしり
  信じ、力を確かめ 決意新たに 逆転
 沖縄の大人も
  普天間・辺野古勝利を
   どっしりと確信し
    子どもらに続こう
 


新聞も夢描く時代に

沖縄タイムス社説政治 2010年8月18日 09時22分

(2時間43分前に更新)

 移設問題だけにとらわれていては市民が不安だろう。明るい未来の絵を描きたい。

 名護市の稲嶺進市長が米軍普天間飛行場の移設反対を訴え、当選してから半年が過ぎた。これまで政府との抜き差しならない関係が続いている。決して平たんな日々ではなかったはずだ。

 元市長の岸本建男氏は「ノーサイド」という言葉を好んだ。ラグビーで試合終了とともに敵味方の垣根がなくなるという意味だ。基地建設の賛否をめぐり翻弄(ほんろう)された市民の融和を呼び掛けた。

 稲嶺市長には対立に終止符を打ち、本当の「ノーサイド」を実現する道筋を探ってもらいたい。そして普天間移設に反対を貫く立場は、キャンプ・シュワブ跡利用計画の策定に着手することで強まるはずだ。

 いろんな夢が描けるだろう。行政だけがリードしては新たな不協和音を生じさせるかもしれないので、お年寄りから若者まで市民フォーラムとして盛り上げていく手法がいい。子どもたちにもあの「美(ちゅ)ら海」を背景にした夢を描いてもらいたい。

 基地収入よりも民間活用が高い利益を生み出すことは論をまたない。米軍基地は非生産的な存在で、地元の努力で収入を増やす道は閉ざされている。

 北部振興策などで巨額が投じられたにもかかわらず、県平均を下回る市民所得、失業率や空き店舗率の高さなどが依存経済の限界を示す。

 もう終わりにしよう=ノーサイド。これがメッセージとなるだろう。

 いまは市民が主役の時代だ。基地従業員や軍用地主ら利害関係者の要望も聞きながら、何が必要かを出し合う作業が必要だ。まずは夢見でいいから一歩を踏み出してはどうだろうか。

 宜野湾市で返還跡利用を目指して市民フォーラムができたのは、返還のめどがない1992年だった。基地のない街づくりをテーマに若者が夢を語り合った。

 「シンボルタワーが高くそびえ観光名所となる。ここがドーム、体育館、遊園地。モノレールも走っている」

 当時、宜野湾高校3年生らが手作りの立体模型で教育文化都市構想を発表した。

 沖縄国際大学の学生は歴史博物館と動植物の生態、古環境復元を紹介する自然博物館を目玉にした。

 市軍用地主会代表も参加し、「有効利用のための返還は地主も歓迎する」としながら、返還後の遊休期間の短縮を課題に挙げた。

 シュワブの年間軍用地料が約25億円で、基地従業員246人の給与に加え、防衛省周辺整備事業など国が投入する基地維持費(2007年度で計約5億)もある。

 これらを上回る産業が必要だ。ちなみにシュワブに隣接するリゾートホテルは約300人の雇用がある。

 脱基地の夢を描くことこそが、念願の「ノーサイド」を実現させる一歩になる。

 政府は今月末までに滑走路の位置などの専門家協議を終えようとしている。地元無視も甚だしい。

   政府の道?沖縄の道?

 沖縄タイムス社説「シュワブ跡地利用」を描いた。

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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