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名護市議選挙「3日戦争」へ


アセス裁判
 原告代理人
 新聞は嘉手納・普天間の爆音5倍、3倍に増加伝える。(昨日ブログ)
 秋の県知事、医師会、沖縄経営者協会、仲井間知事に出馬要請、翁長那覇市長出馬・断念新聞社で異なる報道。この日、アセス裁判開かれる。
 本裁判は辺野古アセスの違法性を問い、後出し「追加方法書」に意見を述べることのできなかった苦痛に対し慰藉料を請求する行政訴訟である。
 裁判所の開廷前の沈黙した静けさは日常と別の静けさでなじまない。

IMG_2559.jpg

(入廷前、頑張ろうの指揮を執る)


 原告弁護士は冒頭、次の2点を求めた。
  1、アセス専門家等の証人の必要性
  2、現場検証
 その後、原告団長の安次富浩(ヘリ基地反対協代理人)、意見陳述。
  1、日米協議報告書で出された、MV22、飛行航路の「後出し」は県民を愚弄する。また、後出し。
  2、岡田・北沢両大臣を証人として出廷させたい気持ちだ
  3、飛行経路問題を現普天間に実態を示した。『普天間飛行場の危険性~』(宜野湾市2010年3月)
     (旧版より具体的になった。あなたも手に入れたら?)
 裁判は、25分ほどで終わり、別室で進行協議に入った。裁判官は法衣をつけない。この協議で原告代理人は、原告の意見陳述に被告(国)が、一切答えない、反論もしないことは納得できない。

 原告代理人は現場検証を10月に、求めた。裁判官は進行協議でと11月以降を述べた。政治日程?、あるいは岡田発言(やり直し)などと関係するのか?私には意味が?なかなか?
原告は現在進められている、アセスを違法としている。
現場検証、証人の必要性否定してないと、感じたが?
 次回公判 10月27日(水)、12月22日になる。
 実際の裁判は、テレビのドラマではなく、行政裁判は、わかりづらい。
 裁判長は『普天間』パンフを自ら請求した。下記はP5である。
普天間
稲嶺市長
 連日連夜奮闘
DSC00469.jpg
  (9日、未明更新)
 6時30、シュワブ無言座り込みへ
台風9号、目が無い、早春の温帯低気圧(沖縄ではニングワチカジマヤ)と同じように予測難しい。予想進路変えて関東で水害。どの緯度で発生するか予測では大切である。辺野古の闘い天気との戦い。天気もアジア全域の天気図、雲見る習性ついている。この3週間、二階の書斎、クーラかけない、涼しい、やっと、太平洋高気圧南下、少し熱くなるか、夜は秋の風、天気も政治・文化もアジア・太平洋含めれ読むこと大切


沖縄タイムス(9日)
糸満で不発弾2113発 農地探査中に発見


琉球新報(9日)
田外相
 赤旗(9日)
辺野古浜に新構造物

沖縄・全国の友へ
 仲井真知事出馬へ
 第3の出馬とされた翁長那覇市長断念、仲井真と伊波の全面対決になる。
 仲井真は「国外・県外」移転、政策に織り込む可能性あり、もっと、踏み込む可能性あり。
 4年前「沿岸案」反対と口約し、V字認め、アセス手続き粛々と進めた。
 
 民主党沖縄県連、喜納昌吉の動向が問われることになる。
 新たな協議会で県と民主党政権「蜜月?」へ向かいだした。
 自公政権が沖縄から始まった歴史がある。
 自・民連合許したら、いけない。

仲井真氏、自民県連が出馬要請 日米合意見直し要求も
  (9日、16:00 更新)
辺野古浜に新構造物
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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