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辺野古ーそして沖縄の心

辺野古情報
 木曜 キャンプスワブ無言座り込み
   9月16日(木)7:30~8:30

 秋の兆しの猛暑
 秋の兆しが見えるけど、テント村は今から夏、自然は秋、ミサゴが戻り、シギの仲間たちが干潟で遊んでいる。果てしなく青い海、青い空、4:30名護市内は積乱雲が発達し雷を伴い道路が川になった。
ネットの気象情報、天気図、衛星画像、北緯15度まで表示すべき、台風時にアジア全域に拡大しても意味がない。
 昨日の沖縄のゲリラ豪雨、太平洋の高気圧の南に、熱帯低気圧発生している証、画像で見えない。ゲッケツの花咲き乱れ、夜、甘い香り庭に漂う。台風の前兆だ。
(北緯20度付近に渦巻く雲、15日8:00見えてきた)
沖縄ではアジア・太平洋見ないと天気も予測できない。沖縄南方海上に台風発生して、天気図、衛星画像公開しても意味がない。
 沖縄気象庁提案すべきではありませんか。特に、夏・秋は必要だ。観点望季と天気図を組み合わせると漁師も助かると思う。  
  
DSC00675.jpg
 ミサゴが来た秋、撮影できず。
DSC00666.jpg


DSC00661.jpg
 今日も立命館大学生
  サークルで辺野古訪問
 「行って 見て 聞いて、確かめ 伝える」観点で学び、成長してほしい。
 辺野古ツアーについては、9月14日ブログ参照してください。
 民主党代表選劇場、朝から晩まで、どのチャンネルも。日本は大統領制ではない。
  「アキカン内閣」の延命、メデイアが騒動したに過ぎない。
  対米追従はますますひどくなる。
DSC00660.jpg
(16日未明更新)

 赤旗(14日)
新基地反対 多数派に
続きー沖縄の心


メデイアはすべて民主党宣伝劇場
 わが師 阿波根昌鴻
金口木舌
沖縄市市議選挙から
 環境派の勝利
 1990年代、ダム問題、やんばるの森の皆伐問題を新聞の声、論壇に書き続けてきた。そのことで、「重たきもの」背負っている。この「重たきもの」、今は、ブログにも書けない。高江の伊佐さん敗れたが、やんばるで生まれ育ったものとして、伊佐さんの勇気に激励される。

沖縄市市議選挙、桑江さんはじめ、干潟問題を掲げた候補者当選している。歴史は確実に動いていること実感する。
 平和の文化、生物多様性の結合、地球的に動いていること実感する。
 
04年4月18日(辺野古現場闘争の前日)、私は泡瀬にいた。もし、泡瀬にいなければ・・・・。
 今年の「宝の海」の柱は「沖縄の心」である。日本平和委員会「平和新聞」コラムに、伊佐さん「高江ノート」、私は辺野古「宝の海」を書いています。 

無題8
「宝の海」8月28日、平和宣言など添付

下記は送った草稿
 球児と沖縄の心Ⅱ
4月15日「宝の海通信」は、興南球児の戦いの心と沖縄の復帰闘争の民衆の心を重ねてみると書いた。興南球児たちの春夏連覇は旧盆入り、グソー(あの世)から迎えた祖先も共に球児たちの快挙に熱く燃えた。
 04年8月12日、テント村での防衛局との交渉。具志堅徹(会員)「普天間は危険と思うか」、防衛局「思わない」、具志堅「明日にも落ちるよ!」と激しい議論であった。翌日、沖国大にヘリ墜落「タマシーヌキタ」(肝抜けた?)のは辺野古の伝説になっている。
 3万人の市民集会が開催された。小学校性を代表して意見表明したのが島袋投手、平和宣言(私たちの未来)を朗読したのが慶田城外野手である。少年の訴えは「人と人が信頼し助け合うこと」(意見)、「未来は私達の手で創るんだ」(宣言)です。(ブログ日記「宝の海」に全文参照)
 優勝戦の島袋投手は「みんなに助けられてきた、僕がみんなを助ける」と直球三振投球を打たせて取るに切り替え、チームは縦横無尽に甲子園で力を発揮した。
 興南球児たちは6年前の宣言「フェンス向こうにはどんな未来があるのか」「世界中の人が互いに理解し合い、争いのない平和な世界を」「未来は、私たちの手で創る」を甲子園で実現した。
 沖縄の甲子園は、沖縄戦後史そのものである。勝利を祝うのではなく「民衆が信じあい、力を確かめ、決意を新たに」(復帰闘争碑文)することこそ「未来」があるのです。私は春以来、沖縄の青春の活躍に注目してきた。私たちが青年教師として教えてきた生徒の子たちが、偉大な力を体と心で全国に示した。
 6年間の辺野古座り込み、若者たちが夢実現、大人たちが夢実現する番だ。「夢や希望をもち、たくさんの喜びを生み出そう」(平和宣言)、喜びの明日の沖縄・日本とはと問う。

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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