スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

前原外務ー骨の髄まで対米追従、沖縄知事選挙

沖縄知事選挙
直近情報
 前原外務?-骨の髄まで対米追従、
 1、名護市議選挙ー前市長など銀座に呼んで介入
 2、守屋武昌『普天間交渉秘録」P64、65を読む、日米合意「沿岸計画」(宿営案)守屋およびローレンスと密談(当時、前原は民主党代表05年10月13日)
  (16日PM8:00記)
   

 仲井真弘多知事出馬表明、伊波洋一宜野湾市長と対決。
 仲井真氏は4年前、政策に「沿岸計画」反対を掲げ、島袋前名護市長が合意した「V字計画」を推進してきた。日米合意(V字計画とドーロマップ)への県民批判が高まると「厳しい」「難しい」を連発。
 仲井真知事は知事の大きな権限「埋め立て許可」を行使するために、違法アセスをすべて認めて、「厳しい」環境打開を図った。いまだに、「辺野古移設反対」を言わないのもそのためである。
二つの顔を持っている。チラターチャー(顔二つ)はユクサー(うそつき)同様、沖縄で最も嫌われる。
DSC00703.jpg
 (知事選挙 伊波知事誕生目指して木曜早朝座り込み、28回目)

名護市議選挙
チラターチャーは完全敗北
 名護市長選挙、稲嶺氏を支持し中立に回った市議は立候補もできず、立候補者も全滅、前島袋市長に押されて立候補した副市長含めてチラターチャーは落選。
 沖縄県民はユクサーやチラターチャーを見る目鋭くなってきている。名護市会議員選挙は政策選挙、基地問題を争点にした選挙である。4年前と違う。
 国民新党(下地幹郎)グループが「県民党」を名乗り、候補者擁立を図っている。また、市民派を名乗る一部の跳ね上がりが宮城某なる人物を出して、伊波陣営への妨害の噂が流れる。自ら個人的にも墓穴を掘るであろう。
 民主党沖縄県連、ウチナーンチュであること捨て、政権党の立場で独自候補に走るのか、沖縄県民とともに歩むのか。チラターチャーの道は自滅の道だ。
DSC00705.jpg
 (テント村2341日、浜でカニと遊ぶ)

 辺野古14年、知事、市長3度の敗北のなかで、小さな前進を大切にし、昨年からいくつかの課題をやり遂げ「民衆が信じ合う心」「力を共有」してきた。
 知事選挙の争点は
 普天間閉鎖・全面返還、辺野古に新基地いらない。その1点から「沖縄の未来を創る」のだ。

飽きもせず、また出てきた「知日派」 
普天間移設「次善の策検討を」 アーミテージ氏が指摘


沖縄タイムス社説
[県知事選]普天間問題に終止符を
 琉球新報社説
県知事選挙 うそやぶれのない論戦を


 名護市長政府の予算凍結の負けず
 議会開催は9月29日
 琉球新報 
米軍再編 名護市、事業組み替え 米軍再編交付金保留で方針

 お前もか 儀武君
金武町長が拒否 米軍オスプレイ県内配備

 やりたいほうだ
  昨日は、宮古、今日嘉手納
嘉手納 早朝から爆音 兼久で104デシベル
もし、辺野古の闘いがなかったら
 わが第二の人生は
ヒンガーイチャー
国頭漁協のセリに行った。こじんまりとした競り市だ。今、旬はヒンガーイチャー(ヤリイカ?ヒンガー=汚い)、クルイチャーともいう。辺戸岬、与論、伊平屋を結ぶ地点が釣り場であるため、ジナマ(宜名真)イチャーともいう。今、旬の味覚。私の夏はヒンガーイチャーのお汁で始まり、秋の酒の肴は、イカ素麺にしてシクワーサーで揉んだ刺身は美味だ、いつでも、冷凍庫から取り出して、春まで食べている。
 少年のころ、イカの黒墨の塩辛は大きな甕いっぱい漬け、また、日干しにしてカマスを幾重にの重ねて、アンダミスー(油味噌)で毎日弁当のおかず。夜は塩辛でカンダバージュウシー。
 ヒンガーイチャーは、国頭と喜屋武岬付近でとれる。沖縄でもあまり知られてない。

DSC00679.jpg
  (国頭漁港朝セリ)

 ヒンガーイチャー食堂
  やんばるの森に
 与那覇岳のふもとにちょっとした畑がある。少年のころ家族で開墾した土地である。道路もできて、近くに森林公園がある。
 今は、冷凍庫もあるから、ヒンガーイチャーお汁を主体に、イカの黒墨が食べられる食堂をと思っていた。見た目には、ヤナカーギー(ブス)で、独特の「香り」、しかし、一度口にしたら、病み付きになる。
 野菜は、山の霧で贅沢に育つ。
 こんな、第二の人生描いていた。
DSC00684.jpg
 (ヒンガーイチャー豊作)

  イチマナーの人生
   書いて残したかった。
 沖縄では漁師のことを、イチマナーという。糸満の人、昭和の初期まで貧しい農家の少年たち、糸満に売られた。イチマンウイ(糸満売り)ともいう。私の父も売られるはずであった。父は抵抗してパラオに移民。
 伊江島の歴史『沖縄の太陽物語』書いていると1955年ごろにも、イトマンウイで死んだ少年がいた。
 私の少年頃、漁師は貧しさの代名詞であった。でも、戦後の沖縄の食糧を支えたのは漁師。「宝の海」に『星空に蛍が舞う川奪われて』に、漁師と村の生活記録残している。
少なくない、名人たちがいた。よく、漁につれて行ってもらった。網の仕掛けの名人、マチ釣りの名人、クチナジ釣りの名人。
 森に生活して、こんな記録残したかった。戦後直後ダイマイト漁で死んだ漁師122人、爆弾から火薬抜くために死んだ人も122人(沖縄タイムス記事)である。イチマナーが、各地にいなければ、戦後の子供たちスクスク育ってない。
 辺野古準備書、アセス審査会意見書にも書いた。
 辺野古の人生もまた楽しい。辺野古の闘いにいると、様々な人から相談受ける。今日も、自営業者から相談受けていた問題解決。家族から喜ばれた。
DSC00678.jpg
  (ひんがーいちゃー、この箱、セリ人のお願いして確保)
シクワーサーもんで漬け
  3時間後のビール 太陽よ、早く沈め!
DSC00707.jpg


スポンサーサイト

非公開コメント

No title

民主党沖縄県連は民主党中央本部から脱退すべきではないか?知事選では伊波さんと一緒に、衆議院選挙では喜納昌吉・糸数慶子・辻元清美さん等からなる地域政党「沖縄からの風」(仮称)として対米自立・反新自由主義を唱えて欲しい。
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。