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希望と信

沖縄の自然・知事選挙情報
4年前の知事選挙
  白い海岸復活(糸数慶子知事候補)を政策に掲げた。
 1972年、復帰の年、地球的には「人間環境宣言」、沖縄の自然の変容は凄まじい。特に、海岸に表れている。失われた白い砂、人口ビーチ時代に入った。屋我地島に見てみた。屋我地島はハンセン病学習が主点であった。
より、原風景に近い大堂原(ハンセン病、愛楽園発祥の地)から展望。

 大堂原(ウフドウバル)の森から
 「悲しみの浜」(私の生徒が命名)
  沖縄戦で死んだ人たちの仮埋葬された浜
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磯と磯の間に白い浜
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大堂原(ウフドウバル)の森から
  「嘆きの浜」(私の生徒が命名)、水子が埋葬された。納骨堂には「水子」の碑建てられた。古宇利大橋、海岸浸食、必要のない漁港、人工磯、人工砂浜が見える。漁港からこちらは海岸が増幅している。磯と島々が影響しているのではないか。
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 秋の陽気に誘われつり人。塩屋は海の向こうの森の左の谷間。約10キロ。
DSC01898.jpg

二つの浜から見えるもの
1、 開発によって海岸浸食が激しい。

2、 磯と磯(小さな岬、石灰岩と砂岩,貝の化石混在)の間に湾曲して白い浜が形成され、磯はノチになっている。「悲しみの浜」、「嘆きの浜」から済井出海岸とも磯がいくつもあり間に白い浜、橋や港の開発が見える。
沖縄の白い海岸は磯と磯によって発達したと推測する。

3、 海岸には、防潮林、暴風林、防砂の植生が密である。モクモウ、アダン、フクギ、ヤラブが合理的に植樹、ユウナ、トベラ、グンバイヒルガオ、ハマゴなどのツル性植物が、まだ、踏ん張っている。
4、 屋我地外海は、小島が群れ、ピシ(サンゴ礁)は発達してないが、浅瀬が広大に広がっている。ジュゴンの生息地であり、ウニ、貝の生産地であった。
古宇利島との海峡を流れる潮流に乗って、源河と古宇利の若者が恋をした。源河沖のミートゥジ(夫婦岩)に伝説残る。夏、国体の訓練でシングルスカル、フオアで塩屋から古宇利まで往復した。伝説を確かめた。

5、この漁港は地質、潮流、風向などから、漁港内に砂が堆積し、浚渫余儀なくされる。漁港より外は浅い。砂は低地に流れる。アホでも解る。わからないのは土木技師と建設業。
 わかっていて、公共工事生み出す。
外洋に出る船の大きさも限定される。ヨット、水上オートバイのレジャー港、干潮になればだめだ。もちろん、漁業活動で再生産不可能。ここでの漁業活動船、浜から出すのが合理的、「悲しみの浜」の漁船参考にするといい。
 

 辺野古重要な闘いの時期、こんな計画知らなかった。当時はダルフィシュ球場(日ハム投手、屋部海岸埋め立て)に注目していた。振興策、なんでもありの時期だ。

 どうする。撤去?
 どんどん、公共工事創出?
 現時点で、とりうる対策は、橋を爆破して(!!?)、人工島を人工磯にすることだ。と、思う。
 
 海峡というものは自然であれ、人工であれ、潮流が激しい。橋の上から釣り糸たれたらすぐわかることだ。北東の風60%、北西の風冬、海岸浸食激しいのは北西から起こっている。
 島に海岸復活するのには、これしかないと思う。何本も何本も人工磯創るのか。
 

港の開設(人工島、橋から)による砂の不規則な流れ
 左、人工島(漁港)、橋の上から写真を撮った。手前(橋の下)に砂州状の海岸ができ、中央に湾、そして、砂州、南のほうが沖縄有数の白い浜、道路になってしまった。このような砂州の渚はとても危険である。急激に深くなり、堆積の砂は地すべり起こす。
 
 塩屋湾、宮城橋、まだ、国体の監督のころ、キャンプをしている家族、注意した。今も、覚えているが、首里高校の高校生、地すべりした弟救おうと、自分が弟引き揚げ、反動で潮流に流され死んだ。
 潮流の複雑な変化、見えるであろう。橋が日影となって、キャンプが増える。
 見た目にはきれいだが、魔物がすみついている。海の色でわかるであろう。安定した砂州ではなく、気象によっては日によって変化するであろう。
 ここで海難事故発生したら名護市の責任であろう。
  
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橋の下では
  カヌー遊びが
 シーカヤックは浮き袋だから安全な海遊びである。潮が動き出すと「海峡」は危険である。この海峡の流れの速さを見てはいないが、流れに負けたとき、パニックが起こる。
 
 辺野古の闘い、風や潮流に流されたカヌーの「闘士」をいくども船で拾った。本来、屋我地の海は安定していた。
 人工島と橋が作り出す海の変化、十分に読むべきであろう。塩屋湾で国体の漕艇指導、特に、干潮に向うと橋の近くでの練習禁止措置、早いシングルスカルでも揺れ動く、カヌーがいくら安全でも子供の体力考えたほうがいい。
 国頭村に伊是名という海岸がある。美しい海岸広いイノーだが、死者の多い場所。流されると浮き袋も役に立たない。
DSC01887.jpg
 毎日、毎日、はぎとられる海浜、死んでゆく植物たち。
  冬、北風が、この海岸襲う。複雑化した潮流の予測、不可能。
 こんな小さな人工島が。
 辺野古基地、想像できるのではないか。
 屋我地見るべきだ。
 
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土田武信氏の名護市への陳情
 土田氏が名護市へ漁港問題で陳情書提出、土木委員会で説明したようだ。
私は、大浦川河口域ラムサール条約登録候補とアオサンゴについて要請書提出。16日掲載。
 

(16日に続く)
 辺野古・知事選挙情報は11時以降


希望・信頼のニュース
 
 今日、名護市議会「新基地反対決議} 
 新報社説
チリ鉱山救出 「希望」がつないだ全員生還="400" height="267" />
 タイムス社説

[新聞週間]もっと希望を語りたい

タイムスコラム
[大弦小弦]
 新報1面
無保険の子 名護市ゼロ達成 全171人に短期証交付

今日の夜
 高江の伊佐さん
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わたしも講演
 沖縄は動いている
  動き伝えられません。
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 (続きもー敗北、希望と信、勝利への道)
 希望と信無題J
    (平和新聞、9月25日)


 昨日、世界は奇跡の生還成し遂げたチリ鉱山救出、高校生やムトゥビレエー(復帰闘争世代)に語ったのは「希望」「信じ合う」心であった。今年の「宝の海」のテーマでもある。新聞週間、沖縄タイムス「新聞と私」は島袋洋奨君である。沖縄尚学に負けた写真大事にしていると書き「原点」だという。
 辺野古苦節13年、敗北に敗北の歴史、勝という希望、今年に入って勝心。日本平和委員会「平和新聞」に月一回コラム書いている。名護市議選挙前に送った。
 偶然か。沖縄タイムス・琉球新報社説『希望』であり『信』、スポーツと沖縄の政治重ねるかという批判もあるが、沖縄の歴史の心は重なる。
 新聞を見ると喜納昌吉氏が沖縄知事選挙に意欲、民衆を信じ得ず、希望を持てない人生に待っているものは惨めな人生であろう。
 名護市の基地誘致派(新風21は礎に変えて会派)もみじめな姿さらすであろう。

無題K
 (赤旗COPニュース)


資料
名護市議会議長                   2010年10月12日
  比嘉 祐一 殿
                   
                    平和丸基金
                      名護市大北3-8-20
                     代表 大西 照雄
                       FAX 0980・53・5081
                       携帯 090・1940・1563

大浦川河口域および青サンゴなどの名護市議会議員の視察および調査について

 カンドゥー(寒露)に入り、サシバの「チンミー」の鳴き声が聞かれる秋の訪れの季節を迎えました。
 環境省は、大浦河口域、羽地内外海の湿地、イノー(礁池)などなど、ラムサール条約登録候補に挙げました。(日本の湿地500の内、沖縄に55)
 また、沖縄タイムス、琉球新報社説(10月6日)の伝えるところでは、環境省は、北部地域を国立公園に指定、新報社説は世界自然遺産登録への展望も期待しています。
 名護東沿岸海域は、沖縄県が「厳正に保全すべきAランクの海域」としています。大浦湾には湾内世界最大級のユビエダサンゴ群落、白保に次ぐアオサンゴ群落(IUCN絶滅危惧種)の発見で「ジュゴンとサンゴの博物館」と言われるようになりました。
 自然環境をめぐる状況は、大きく変化し、10月11日から名古屋でCOP10(生物多様性保全条約締結国会議)が始まりました。地球が生成した驚異の名護の自然についても、WWWFJ,日本自然保護協会、沖縄生物多様性市民ネットワークはじめ、様々なイベントが行われます。
 名護市市議会が、国際的に注目を集めている名護市東海岸域を視察、調査したこと、私どもは知りません。
 平和丸基金は、ジュゴン1号、平和丸を所有、大浦・辺野古の海、無人島はじめ、沿岸域の調査に従事してきました。
 名護市市議会は、ラムサール条約登録、国立公園構想の発せられる今日、市民の先頭に立って、視察・調査を行うべきと思います。
 私ども平和丸基金は、惜しみなく協力するものです。
       記
1、 ラムサール条約登録候補、大浦川河口域の視察調査、名護市市議会として行うこと。
2、 絶滅危惧種、アオサンゴなどの視察・調査行うこと。
   2010年10月12日
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No title

先日は、大阪の退職教員のみなさんへのテント教室、ありがとうございました。
さて、島袋洋奨投手の記事、共感をもって読みました。
信、希望ーいまのキーワードと思います。「大弦小弦」も鋭い視点と思いました。
ところで、今日、劇映画「沖縄」を見てきました。40年前の作品とはいえ、今の状況に合致するタイムリーな上映会でした。米軍に暴力的に土地を奪われた人々の悲しみ、怒り、一方で米軍に迎合し甘い汁を吸わんとする輩ー基地推進派の醜態ーがリアルに描かれていますね。
米軍にズタズタにされながらも、希望を失わず、仲間を信頼するとはどういうことかを確認をし、県知事選挙での歴史的勝利、「平和旗」を高く掲げながら、歴史をおしすすめる一人として、ともにがんばりましょう。

10/15
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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