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人間を信じ、命の連帯

台風14号に注意
 日本列島襲う様相あり、夏から冬?
沖縄知事選挙情報は「宝の海」で、広めてください。


辺野古情報
 10月27日(水)10時 地方裁判所集合
   違法アセス公判
 10月28日(木) 7:30~8:30
    キャンプシュワブ無言座り込み(33回)
 10月28日(木)
   ヘリ基地反対協、投票1月前行動
10月30~31日 ピースミュージック 辺野古浜
 10月31日、伊波洋一「県民の会」
    名護事務所開き

沖縄知事選挙
 風を起こし、動かぬ山 動かし 11月決戦を起こそう。

無題15
 沖縄の各地で立ち上がり
   イハ勝利の波を、イハ知事誕生の音を
 日本各地の友へ
  遠慮なく、カンパを、足を求める。内閣機密費に打ち勝つ連帯を。沖縄知事選挙勝利の輪を求めます。
無題13
イハさんの本を日本全国に広め
   内閣官房機密費に勝とう

無題18

今日の新聞 
民主党本部「自主投票」、自民党本部「仲井真」推薦せず
  両党も「仲井真」に期待、沖縄知事選挙加熱させず、メデイアに報道させず、政治的不信感を煽り、投票率低下の低級戦術と見たほうがいい。
 民主党沖縄県連、喜納昌吉「流れて流れて、どこどこ行くの?」-日米合意、日米同盟深化で「すべての兵器を楽器に」は?「すべての人の心に歌を」は(?)

10月29日(金)PM7時 港区公民館
  やんばる統一連総決起集会

わが町、名護に生きて
名護市に住む誇り

ヘリ基地反対協13年
 『名護市民燃ゆ』(1999年)読みながら<原点>
わたしの出身地は、沖縄最北端国頭村。1972年沖縄復帰実現、人生を送る地を名護市に決めた。住む家建設、様々な過程はあるけど、しばらく、建てた家離れ、1998年戻る。
1997年12月の市民投票は浦添市から毎日通って闘った。基地誘致、振興策などでヘリ基地反対協苦難、現職の教師でありながら代表委員に就く。苦節13年、市民投票を名護・沖縄の民意と心に刻み「希望」を日々の生活としてきた。

無題16
(『名護市民燃ゆ』1999年出版)

教師として
  わが世界観
 世界を観る目、平和の文化(紛争の平和的解決・非暴力)、生物多様性の地球の保全は、日々の授業をなしていた。

 アジアと日本を観る目、憲法9条と東南アジア友好条約(2条)の結合を柱に構成していた。私の床の間の掛け軸は憲法9条。暮らしの中に憲法。

 沖縄を観る目、阿波根昌鴻の日米政府「非理法権天」と非暴力主義、「5本の指」の思想であった。

 定年退職(04年3月)、「生き長らえることではなく、太く生きる」と生徒と教師に定年のあいさつ、今、体はボロボロ、でも、充実している。
無題17
 (市民投票は基地反対、誘致の激しい闘い『名護市民燃ゆ』から)
 
 誇りの街名護
   日本社会の病に
 負けても、負けても、市民を信じてきた13年、今年、名護市長選挙勝ち、名護市議選挙に勝った。何よりもうれしかったのは、名護市議会が「生物多様性保全」の決議をしたことだ。全国でも異例ではないか。「命の尊厳」、名護市民がグローバルな目を示している反映である。
 命の尊厳と信じあう心
   日本の教育の病
 テレビを見る。教育の現場の病が連日報道される。ハンセン病を教えて注意されたことがある。人間の痛みへの共感、人間の連帯を学校から奪い、教師を孤立させる教育政策、教師よ、共同の力を示せと叫びたい。教師も人間、市民として生きることが求められている。
 沖縄知事選挙は日本の病を治療する始まりでもある。
 
教師よ、勇気を持て、子供に希望を示せ。教師の会話を取り戻せ、毎日、毎日、教室の暗いニュース、孤立せず、会話をし、実践の交流、違う職種との交流など、市民たれ。
 私は、退職前、若い教師たちに、21世紀の教師は「NPO,NGOの衣を着ける時代」と言った。人間の連帯を学校に取り戻そう。
 私は、名護市民を信じ、人間の共同・連帯を信じてきた。名護市に生きて、誇りに思う


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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