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わが「第二の人生」に決着着けるー「イハ外交」の出番

わが第二の人生決着の1週間
 辺野古に没頭した定年退職6年
  ヌチカジリ ハマル


 
 伊波勝利でオバマと直接交渉だ
 伊波さんは英語堪能、アメリカ政府と通訳介せず渡りあえる。07年エクアドル反基地ネットワーク結成総会でアメリカNGOにアメリカ行動すると約束した。イハ・アサト勝利で、「3本の矢」で、いよいよ乗り込むチャンスを手にする。
DSC03288.jpg
(稲嶺進名護市長、イハ洋一候補、2本の矢 21日日やんばる総決起集会、リズム守るため1枚だけ掲載)

PB211667_20101121231638.jpg
(イハさんの笑顔素敵です)

 17日ブログ「ペンタゴンと論争」(1996年、海兵隊撤退論、地位協定違反論」を掲載。
 21日、琉球新報「沖縄・欧州の基地撤去を」読むと、不要な米軍基地、まず、撤去、が米議会で12月1日までに可決の方向だ。
 このアメリカでの変化逃してはならない。訪米経験のあるイハさん外交重要になる。
 海兵隊抑止力の崩壊だ。

  この1週間、命を懸けた闘いだ。闘いのなかでたおれても本望だ。
基地返還すれば
  こうなるー沖縄の明日 
http://otasa.net/kaiheitai.html#2
産経新聞が実質的に「県内移設賛成」的報道始めた。(21日電子版)、中央紙が全面的に乗り出した。再編成、昨年11月オバマ来日の在京新聞、メデイア状況との闘いにもなる。沖縄県民の底力示すとき、
  
(続きー「アッツ島玉砕」と「那覇の女」-藤田嗣治)

 資料添付
 海兵隊不要論
http://otasa.net/kaiheitai.html
藤田嗣冶『那覇の女』をめぐって
  尖閣列島―自衛隊配備で頭を横切ったのは
 戦争画「アッツ島玉砕」「サイパン玉砕」

わたしの家に、藤田の「琉球の女」のコピー画がある。昨年、秋田の平野誠吉美術館から送られてきた。
 なぜ?
 世界の藤田、ピカソの「ゲルニカ」、藤田の「アッツ島玉砕」は、ネットで「藤田嗣冶の戦争画」を検索すれば、世界の戦争画見ることができる。
 高校時代の「日本史」の教科書に「アッツ島玉砕」があり、強烈な印象残っている。『啄木と沖縄』のメモ日記に啄木とかかわりのあった山城正忠『紙銭を焼く』(与謝野鉄幹の死を読む作品多し、晶子読む歌も)に藤田の書く山城肖像画がある。昭和13年の沖縄での作品である。神田で藤田を探す。高い、『巴里の横顔』だけにして、国会図書館で資料コピー。秋田は1999年5月3日訪問。
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(山城肖像画)
 藤田「琉球の女」作品群は、どこに?
 ピカソは藤田の作品展から、藤田の作風を「盗んだ」と言われている。
 藤田の「那覇の女」です。沖縄で一回、東京で2回、「琉球の女」の展覧会をしていますが(昭和13年)、見ることのできるのは、「那覇の女」だけ、でしょう。
DSC03077.jpg
(那覇の女)

 モデル
 『啄木と沖縄』で、モデルを特定している。平野美術館の調査員からは、書かれたのは糸満の料亭、糸満の遊女がモデル、私のメモも参考にしたいので、了解してほしいとの電話、と、画と手紙を送ってきました。
 私は専門家でないので、自分のメモはメモ。
 沖縄に来るまでの藤田はパリの藤田、戦争画を書きだす藤田は丸ボーズ、ピカソは平和の画家、藤田は画家の戦争責任を背負い(ロイドメガネにオカッパ)、確か、1963年日本を去り、パリでさびしい余生を送る。
 若いころ、大嶺政寛、名渡山愛順の「沖縄の女」をよく見た。友人に画家がいて、新進の抽象画や画家たちの論争意味も分からず聞いていた。(陶芸誌『やちむん』9号に「大切なも失ってはならない」09年A4版10枚、掲載)
 偏狭ナショナリズムに藤田が再び利用されるか?
「琉球の女」の作品の群れは、どこに、あるであろう?
 (拙著『啄木と沖縄』P157~163「琉球の女と藤田嗣冶」、P245参照)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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