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鳩山首相のようにぶれない「県外移設」の県政を

12月1日午前10時
 高江裁判
 那覇地裁

沖縄知事選挙受けて
新しい情勢のなかで展望は


少なくない友人から嘆きの声が聞こえる

シンカヌチャー チルダイスナ
 デージ デージ ウムサナイン
 (友人のみなさん、嘆くな、超 面白くなる)
 
「県外移設」のなかに見出す
    「県外移設」でぶれない県政へ
 1999年、軍民共用空港受け入れ、柱はなかった。04年イハ宜野湾市長誕生、希望の光であった。苦節13年稲嶺名護市長生み出し、3本の柱と目指した。
 2本の柱(矢)持って、「県外移設」の知事を「持つ」。民主党政権を批判し、民主党政権の「裏切り」(新報、昨日社説)を利用して、再選果たした。鳩山首相の「最低でも県外」を批判して、自公も同じ道を歩めないであろう。

 沖縄は「県外移設」どんどん主張し公約遵守を御旗にできる。知事の公約「日本国民が安保の負担を担う」、大阪橋本知事のように、言葉だけでなく、赤字の伊丹、関西空港に誘致するのも懸命な道だ。(大阪の友人怒るなかれ)

DSC03519.jpg
(連日頑張ってくれた大阪の友ー朝日受けて)
 安保廃棄勢力は、安保の是非を問う絶好の場だ。仲井真を推薦した嘉手納宮城町長は安保廃棄を主張している。
「安保負担論」は、安保に対するさまざまな行動、議論を発展させる扉を開いた。
 イハ洋一は、「3本の矢」にはなれなかったが、矢を射る弓である。
 私はすごいことだと思う。まだ、新しい弓、この弓が天下に熱望される時代は必ず来る。
 伊波さん、奥様ありがとう。

日本中が普天間の「負担軽減」拒否することだ。

DSC03616.jpg
(怒る辺野古の海)


 評価書、埋め立て 辺野古に戻ると どうなる
 仲井真は当選後「辺野古は事実上ない」と言っている。
  私は、現行計画の事前調査・方法書以来、仲井真知事の役割は、アセス手続きすべて認めることと、新聞に書いている。
 防衛局のアセス手続き重視して、公約との違いを鮮明にさせる。何度も何度も、小さいことも軽視しないで、沖縄県ビジョンとも関連して、対峙してゆくことだ。
 表が出ても、裏が出ても、「こちらが勝ち」の不敗の論理でゆくことだ。
 04年以来の辺野古現場で実践してきた生き方だ。
 沖縄は沖縄防衛局・防衛省など政府との対峙、アメリカ政府にも「県外移設」が沖縄の民意、御旗にできる。
 戦後歴代政府の「売国性」、対米追従を鮮明にさせ、日米平和友好条約の立場を国民の総意へ。
 「平和の文化」と「生物多様性保全」を結合して世界を観、9条と東南アジア友好条約2条結合して、アジアと日本を観る。
 
私の床の間には、憲法9条の掛け軸とサンシン。サンシンと泡盛の甕のある沖縄。
 大和の床の間の剣とは違う。
 
鳩山首相のよく勉強して「辺野古」、仲井真が同じ道歩むと、過去の自公崩壊の沖縄版再来、また、民主党の罪深き自滅が待っている。


 (続きー沖縄のツブヤキ)
 琉球・沖縄は「万国津梁の邦」

 沖縄は「守礼の邦」、大和の刃の邦ではない。宜野湾市民が「辺野古ノー」もっとも高い。沖縄は優しいから「県外移設」を避けてきた。
 理性的には見れば当然、心の感情では「県外移設」もある。自公政権、民主政権、メデイアの対米追従、沖縄押しつけに封が切られた。
 沖縄は軍事演習見てどこが海兵隊の移設先として適当かよく知っている。ヘリなら北沢の長野、水陸両用戦車なら石破茂の鳥取とか。

 沖縄は全国に仲井真含めて、安保を問いだした。
 矢は放された。海兵隊抑止力を問う議員は、積極的に海兵隊受け入れべきだ。
 しかし、日本の政治家に勇気あるのはいないであろう。
 日米同盟深化唱えだして
 東アジアの緊張高まっている。

たかが、一つの基地が日米外交の柱になる日米関係がおかしい、貧弱であることに、日本は目覚めるべき、仮に、日米同盟強調しても、限界にきているのではないか。
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No title

あんたはサヨクかね、県外移設したらすぐ中国が日本に侵略してくるぞ。
米軍は沖縄にいることが、沖縄の経済のためにいいんだよ。
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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