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タマウドゥン(玉陵)を守った二十歳の闘い


高江情報
 朝8:30高江着く
 ジャングルの中に土嚢積まれています。アクセス道路260歩敷かれていますが果てしなき道のりです。
DSC06524.jpg
 沖縄防衛局がジャングルの道、約200m土嚢運ぶようです。
DSC06530.jpg
 12時30分
 人界戦術で土嚢運び300m
 若い青年つぎ込んで煽ります。
 反戦地主の知花さんお供です。(?)
DSC06571.jpg

手をしっかり結びとめています。
 数は力です。
DSC06581.jpg
 防衛局
 恐ろしい勢いで体当たりしてきます。
 平良次長、さまざまな陽動作戦、民主党政権の官僚の「だまし戦術」現場に現れます。閣僚も官僚も同じです。マスコミは官僚対政治家の対立描きますが、違います。一身同体です。
 
DSC06596.jpg
闘い終わって
 隣組の懇親会。癒しの時もある。人は闘いのみに非ず。だが、そこは、また、民衆意識の場である。

 マスコミは「国の形」とともに
  民衆を書け
昨日、県内紙の高江に関する「意志」見えないと書いた。赤旗が書いた。ただ、現実に起こることを事件的に書くのではない。高江は「事件」ではない。
 辺野古、事件的にNHKは注意しても報道し続けた。へり基地反対協議会の代表委員として「名誉汚された」と受信料引き落とし停止、辺野古報道少しましになったので昨日解除したばかり6年間。こだわるとき人は徹底しなければならない。過去の請求するなら「わが家を取れ」。

赤旗報道(16日)
 
米軍ヘリパッド建設

 米軍は平気でSACO違反・再編成違反繰り返しています。
 SACOは政府間約束としてすでに「死」です。(昨日ブログ)
 高江の闘いの正当性、抵抗権は揺るがず。

この年になると現場に起こること過去につながること少なくない。

 高江の闘いは、1970年12月「コザ騒動」「国頭安田実弾射撃基地阻止」、1980年代「恩納村都市型訓練阻止闘争」1988年「阿波ダムハリアー着陸訓練阻止闘争」などの伝統受け継いだ沖縄県民の闘いの蓄積、辺野古の闘いと一体の県民の財産である。
 「海兵隊抑止力」は「方便」、沖縄県民の民意の目は、暴いた。

沖縄防衛局員が、高江の現場で法論理を叫ぼうと、自然権は権力の虚構に打ち勝つ。世界の民衆は歴史的違いはあれど、各地で民主主義の実践成果を生み出している。

 小さな村の大きな闘い、世界は小さな地域の結集体である。
明日も沖縄防衛局平良次長、冷静・冷酷に、若い血を洗脳、操り挑んでくる。
 個々が闘うのでなく、スクラムきちんと結んで!
嘉手納基地でパラシュート訓練 中止要請押し切り強行
米軍、嘉手納基地でのパラシュート降下訓練を強行


 今日は
無題I

 明日は(18日)
 沖縄はグソーヌショウグワチ(お墓の正月、ジューロクニチー)
 沖縄防衛局、お墓詣り利用して、襲ってきます。実績あります。旧正に襲ってきました。ベトナム戦争テト休戦ありました。

 平良次長、襲ってきます。彼も沖縄だが若いころ右翼で、現代の日本の右翼はアメリカ追従にひたっている。そのシンボル的存在、だから、沖縄はアメリカと日本ミニタリストに忠誠を誓っている典型的なひな形である。沖縄であるだけに沖縄を活用する。
 その意味では新しいタイプの沖縄防衛局のシンボルと言えると思う。
 沖縄の優しさも知り尽くしているから前線にふさわしい。

 官僚の答弁能力も尊敬するほど抜群、かって、河相北米局長、大古防衛局長と交渉したことありますが、現場として観る限り、両者とも負けるでしょう。
彼は、意識の中に旧軍隊用語では「少将」的意識がある。一個師団を統率(平時1万、有事3万)の意識がある。沖縄防衛局約450人、その1、5割投入に「防衛隊」(約50人)を仕切っている。
 その戦略と戦術に部下を戦闘的ににさせる。若い作業人テロに仕組むのもお手の物、戦争は「少年護郷隊」を育成するのも簡単で心理作戦展開できる。
今日は若者たちが忠実に「ひきころしてもいい戦術」、平良氏の動き作戦い見えた。最初に2トンダンプが私にの目の前にジグザグで襲った。前例にないこと特徴的である。カメラ回していたら・・・。

 昨日の行動のもっとも典型的なこと。私の前に突っ込んできた。

 平良の人間性なのか。民主党政権下の意図なのかは見えない。「殺せの意図」込めた運転である。普通は手をあげると暗黙の了解で速度原則、今日は原則なくジグザグ。カメラも切れない。
平良次長の意志と見る。平良が現場離れて猛烈に暴れた。問題が起きて到着、さすが、優秀な官僚、させて、「私みていません」終わりを匂わせての襲撃。事故起こっても事故戦闘的起こした青年激励していたた。青年に平良は勲章与えるであろう。現場の指導体制の分断も意図している。
「血の流せ」の戦術にしか見えない。
 けが人が出た時の平良は、再び攻撃の態勢を取ってい「まだやる」と言った。平良氏ととの交渉公開したことないが、出さないと、何が起こるかわからない。現場を離れて「われ関せず」の指令官である。
 私は奮戦した。仲間からの罵声をいただいた。
 辺野古でも同じであった。
 混乱起こる時、両方撤退は原則である。
 憎しみの現場は、憎しみを増幅する。
 インテリゲンチャーはなおも闘う。誇りを捨てることも闘いだ。
 わたしは個人的誇りは現場で捨てる。6年間のNHKと闘い、誇りは個人の問題、現場ではたくさんの屈辱あり、業者にもあり、この尊厳が大事だ、別れるとき「ご苦労さん」と言える世界こそ、人間の闘いだ。
 辺野古の初期に似てきた。

 少年は今日実践した。若い女性に突っ込んだ。平良心作戦を実行した。平良はなおも作戦練っていた。
 第二次、特攻作戦も陣容として取っていた。少年を激励していた、第3遊撃隊村上治夫の姿があった。
 激しく中止求めた。
(責任者について、実名で書いています。本来やりませんが、昨日の尋常でない世界を生み出したのは平良氏にあると思う。)


 わたしトートメー(御先祖様)おろそかにできません。お墓でトートメーと正月祝います。植民地主義者とその手先は、植民地の文化破壊を使命とします。
 琉球大学を首里城に建てたのは典型的事例で、玉陵(タマウドン)破壊にも乗り出しました。1963年です。ブルトザーの前に座り込んだ記憶がよみがえります。重機が押し出す土、座り込む足に積もる。でも腕を離さず声も出さず、沈黙の世界。重機の軋みと土の森が迫りくる恐怖、守った。二十歳の年の闘い。
 今、世界遺産です。
 やんばるの森も世界遺産登録候補です。
 抵抗するものには未来の予見、ニライカナイの神、地球のあらゆる神々、共に明日の地球と共に、地球の片隅の高江、地球と人類の未来です。
 自然法を阻む人為的法は存在しません。
明日も自然の法とともに!
わが68年の人生は自然の法の歴史、いつ果てるとも自然の掟
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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