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磯のエデールワイズ

  涼しい朝
    
   毎日、ヘチマ食べています。オクラも。
自給自足、 涼しくなったら外の活動増やすか。
   熱低東に移動、台風になりそうだがなりきれない。積乱雲発達弱まる?
   イジュの花 狂い咲き、朝、涼しくなった。
  天気も変、政治もマチブイ。
 26日の審査会、サイト上では赤旗のみで「おおかな通信」でも検索できないようだ。赤旗には日米同盟の「鍵」辺野古はなるべくサイト上に載せてほしいと要望して来た。掲載してくれた。


2009年8月27日(木)「しんぶん赤旗」
新基地建設
ジュゴンへ影響深刻
審査会 専門家が指摘

 沖縄県名護市辺野古崎への米軍新基地建設に伴う環境影響評価(アセス)準備書を審議している県環境影響評価審査会(津嘉山正光会長)は26日、宜野湾市内で第7回審査会を開き、ジュゴンの専門家から意見聴取しました。
 粕谷俊雄元帝京科学大学教授が出席、意見陳述しました。粕谷氏は絶滅危惧(きぐ)種のジュゴン保全の立場から準備書の問題点を指摘しました。
 粕谷氏は準備書がジュゴンなどへの影響について「可能な限り被害を低減する」などとしていることについて「影響評価としては無意味である」と指摘。沖縄島に生息するジュゴンの個体群の存続の観点から新基地建設がジュゴンの現在と将来に与える影響を評価すること、そのためのデータを得るにはどのような調査が必要かという立場が欠如していると批判しました。
 準備書が調査依頼した科学者を匿名にしたことも「各種調査の信頼性に疑念を残す」としました。
 航空機によるジュゴン重点生息調査、水中鳴音、映像録画についても「情報は限定的で沖縄島全域でのジュゴンの分布と比較、その海域での重要性が明らかにならない」と強調しました。
 粕谷氏は最後にジュゴンが沖縄島の西海岸、東海岸での移動・交流している実態にふれ、「新基地で藻場の範囲が狭められたら西海岸のジュゴンも生存に影響を及ぼすと見るべきだ」と新基地建設によるジュゴンへの深刻な影響が避けられないとの見解を示しました。
 沖縄タイムス29日
  名護に事務所 防衛省が方針/普天間移設絡み45人配置
  
ミサゴ(Osprey)も棲む
      テント村干潟

 ミサゴはタカの仲間、冬になるとテント村正面の森の中に巣を作る。魚類を捕食する。
磯の枝に身を潜め、潮が満ち遡上する魚を狙う。
 獲物を見つけると上空でホバリング、羽をたたみ螺旋状に落下、獲物を捕る。MV22垂直離発機の名前だ。輸送機をホバリングさせてゴムボート降ろして川から敵の深部に攻撃を行う。
 ミサゴの空を鉄のミサゴが占領する。ミサゴは環境省の準絶滅危惧種(NT)に属する。準備書で活動空域、建設予定地を飛行している。
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  生物多様性の宝庫
  紅型と絣の綾ノ文化の源泉
 進んだ奄美、遅れた沖縄

昨年から、磯を歩いている。『奄美の絶滅危惧種植物』(南方社)いつも持ち歩いている。沖縄でも出版されたらイイナー。と、思っている。
 昨年は沖縄本島に台風上陸なし。いたんだ浜、磯が豊かになった。暖冬が続いてグンバイヒルガオが海に伸び、オキナワギクがしっかりと根を張り、海に映えた。
 沖縄に生物学者、研究者は少なくない。奄美のようにみんなの共有、大切にしようとする試みは、基地と関係してくるので避けているのか。教育関係者に調査、学びを要請したが返事がない。
 
 自分の足、目で歩いて知る以外ない。
辺野古・大浦湾の絶滅危惧植物を、本にするのもいい、かなりの、写真、集まった。沖縄県の資料、準備書とインターネットで調べれば形は着く。
 オキナワギクに磯のエーデルワイズと命名した。オキナワギクの草原を見つけた時の感動はすがすがしい。波に流されず生き延びた野菊の強さも見た。

IMG_0002_20090828121117.jpg
 
 辺野古・高江をたたかう女性たち
  沖縄のイナグヌ美らさ
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 九州比例
  赤嶺さんの議席を

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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