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伊江島ー三つの碑と三つの歌(3)

「愚直」

東北被災地貨物船からの輸送始まったニュースに喜んでいます。
ニュース見ると自衛隊の戦車が瓦礫を取り除いているようです。(辺野古の海兵隊日常訓練見ますとアレ?と思います。海兵隊の日常訓練です。)
 在日米軍のHPは19日以来更新ありませんでしたが23日に21日、22日含めて更新。GW横須賀出たようです。
 私は、辺野古の現実(核弾薬庫含め)から日本を見るから、在日米軍を中心に、また、沖縄の過去、現在から、今の事態を見る。

 福島原発「再臨界」の危機は、まだ、まだ、続きます。命かけて奮闘している現場の技術者、労働者、消防職員に畏敬の念、「福島原発永久封鎖」が根本的対策の道。

そんな中、都知事選挙はじめ、一斉地方選挙。批判ありますが、憲法擁護、安保廃棄勢力の前進願う。日本の政治の根本を問う選挙になって欲しい。

 自民党の対米政策、核政策の蓄積が皮肉にも民主党政権で「爆発」「暴走」の感じする。

伊江島は反基地闘争の島か?
 沖縄の抵抗の「導火線・発火点」
 サンフランシスコ条約3条の発効、米軍は沖縄中で新規土地接収に乗り出した。1955年3月、米軍は宜野湾村伊佐浜・伊江島真謝を襲った。大統領行政命令による布令・布告を乱発して、 沖縄県民の抵抗が続く、団結道場はシンボルである。
 
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 (送られるメール、原発誘致した地域の人々、受け入れるな、受け入れるの飛び交う。見えにくいのですが団結道場塀の一番下の文章読んでください)
 陳情規定(平和資料館)
DSC08157.jpg
 伊江島の農業
 伊江島の農業は、西洋中世の3圃式農業に似ている。人口と牛がほぼ同じで約5000と言われている。伊江の人々はよく働きよく遊ぶ。
 伊江に降る雨は石灰岩に吸収され、海にながれる。一滴も流すまいとため池が約40ほどあり、農民たちの知恵、たとえば、伊江空港はダムである。降る雨はため池に集められ、今年はどのため池も満杯である。
 伊江村は、基地誘致の島でもある。国頭で阻止されたハリアー着陸基地、SACOで読谷村の降下訓練受け入れ、基地関連の予算を投下している。ため池もその一つ。
 飲み水は本島から海底送水管で送られる。本島のダムは減るが、ため池満杯。
 しかも、今、数十億(10年)かけて地下ダムを建設中、旧ターミナルは労働者の宿泊施設のようだ。
 何のための地下ダム? 伊江の業者は孫孫下請けもありつけないいう。
 まだ、ため池が少ないころ、チャートと石灰岩の間に地下水は流れる。地下ダム提起したことあり、現在は必要か疑問。
DSC08074.jpg
 ユリ公園と
  ハイビスカス

 1970代、5月に家庭訪問をした。道路をウズラが横断した。そこにはユリの花が揺れていた。伊江はウズラの島、今、見えず。基地関連でできたのがユリ公園、最近ハイビスカス公園もできた。ユリはまだ蕾出ず。

DSC08092_20110322125435.jpg
 ハイビスカスは太陽に咲く花
 ガラスの巨大ハウスに
DSC08116.jpg
 中村柄節(古典)
 伊江はよく働き、よく遊ぶ、飲み屋が多い、10年ほど前は平気で夜中飲酒運転(私も)であった。
 伊江の芸能は国の重要文化財に指定されている。伊江独特な踊りが多く、どこでも、子どもも踊る。踊りは生活である。ユリ公園に中村柄節の碑が建つ。海の向こうから伊是名島を招くような印象を与える。
歌意 
仲村柄家の母屋のそばいど(屋戸口)にすだれをさげてあるときは、大丈夫だから忍んでいらっしゃい。
DSC08096.jpg
 復帰運動の頃、伊江島の民謡は集会や歌声の中でよく詠われた。
 ましんくー節
http://www.iejima.org/ieson/index.php?oid=51&dtype=1000&pid=101

 砂持節(労働歌)
http://www.iejima.org/ieson/index.php?oid=54&dtype=1000&pid=101
 阿波根オジーと話をしました。
 「非理法権天」「5本の指」について、また、教えて、いただきました。「愚直」、こそ力の源泉。
 だが、 高江は夏「命をかけた」闘いになる?
自民、「思いやり予算」特別協定に賛成へ_blank">DSC08144.jpg
 太陽のハイビスカスに
 風力発電ー伊江をあとにしました。
「核を持つ国は核で滅ぶ」 
DSC08120.jpg


(続きー福島原発声明など


有志声明について
 私たちは原発について様々な情報に接します。下記の「有志声明」原則的に賛成で署名したいのですが、以下、意見を加えます。
 1、「過小評価に基ずく対策」ではない。再利用を前提に「過小評価」してきたのである。提言は福島原発永久封鎖(13日ブログ=廃炉)前提にした情報および対策でなければならない。
 廃炉決定で対策しなければならないと思う。あいまいにしてはいけない。
 2 保安院の評価、国際原子力委員会(IAEA)協力、IAEAの協力は当然でIAEAへの科学的情報提供は義務である。保安院は国民のみならず国際信用も失っている。今、大事なことは「廃炉」を前提に核科学者、地質学、気象学、社会科学者を網羅した実効性のある「IAEA」を立ち上げ、日本の学者、研究者が日本の総力を挙げた体制であると思う。
3、今、科学者があいまいな、またバラバラな態度が不信を受けている。福島原発に、今は限定して「廃炉」で臨むべき。
 現在の状況は数週間続き、いつ、何が、起こるか。短期、長期の戦。


「福島第一原発事故に対して適切な対策を求める声明」
2011年3月
福島第一原発事故に対して適切な対策を求める有志

 1 私たちは、2011年3月11日(金曜日)の「東日本大震災」を契機として起き
  た福島第一原発事故(以下「本件事故」と言います)に対して、政府による事故の過
  小評価が重大な結果を招くことに重大な懸念を感じています。

 2 2011年(平成23年)3月16日(水曜日)の朝日、毎日、読売新聞各紙の夕
  刊によると、世界の核関連活動を監視する米シンクタンク、科学・国際安全保障研究
  所(ISIS)は、15日、本件事故について、事故・トラブルの8段階の国際評価
  尺度で上から2番目の「レベル6」に近く、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同じ
  最も深刻な「レベル7」に達する可能性もあると指摘したことが記載されています。
  また、フランスの原子力安全局も、「レベル6」に相当するとの見解を示している旨記
  載されています。
   ところが、経済産業省原子力安全・保安院は、国際評価尺度で上から4番目の「レ
  ベル4」に相当すると評価しています。これは、本件事故が、79年の米スリーマイ
  ル島原発事故の「レベル5」よりも危険性が低いという評価です。

 3 経済産業省原子力安全・保安院が、本件事故について、レベル4としたのは、事故
  後間もなくのことでした。
   しかし、本件事故が、その後の状況から、外部への放射性物質の漏れが少量にとど
  まったスリーマイル島原発事故よりも重大なものであることは明白です。

 4 そこで、私たちは、経済産業省原子力安全・保安院に対し、直ちに、本件事故につ
  いて適切な評価を行い、その評価にふさわしい対策を講じるよう求めます。過小な評
  価に基づく対策を続けていれば、手遅れになるのは明らかです。
   まずは、避難区域の拡大とその区域内の住民の避難を徹底するよう求めます。少な
  くとも屋内退避指示の30キロ圏内、できれば他国政府が指示している80キロ程度
  の住民を避難させる手段を早期に講じていただきたい。
   また、私たちは、政府や東京電力株式会社が、本件事故について徹底した情報開示
  を行って、国際原子力機関(IAEA)などの協力を得るとともに、放射性物質の飛
  散状況について周辺各国が把握できるようにする必要があると考えます。

 5 この国難ともいえる事態を乗り越えるために、ぜひ、政府及び東電に以上のことを
  実現していただきたい。私たちもそれぞれがなしうる最大のことをなしたいと考えて
  います。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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