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北沢「代官」を歓迎しよう


昨日の琉球語
 仲井真琉球王(知事)よ、どうしますか。県民にもいい顔、北沢にもいい顔、それはなりませんよ!
 日本語で話してもムダ、琉球語で「国も、人民も、食ってしますのか北沢代官、政府は狂っていませんか」と、ウフガナシメー(琉球王-偉大な尊敬する方)、カエルたきのめすように、頭から叩きのめせ!

 (仲井真知事の御父上元階氏は、方言ニュースの重鎮、今まで、日本語で会談して政府に通じたことな  し、なら、琉球語、ぺりー艦隊煙に巻いた琉球王の気概を、父上様なら助言したであろう。父上譲りの  財産があるだろう。アタビチャはカエル、叩きつけても1回では死なない。スグルは殴るではあるが、気絶させる意味合いもある。カエルは叩きつけても元気になる、さらに、脳天(ツブル)を撃つほどのダメージ与えよ、通訳つけて会談せよの意で琉球語になりました。)

今日、北沢「代官」お出まし。


 北沢「代官」歓迎集会
  県民広場

 岡田奉行、経済界たちと会って去る。水戸黄門のストーリーと同じだが、仲井真ウフガナシー巴の印籠使わず。(水戸黄門、わが世代は好きだが、琉球、小笠原、千島に上陸してない?。不思議だ、と、思う。)
 水戸黄門、沖縄に来て、大和代官懲らしめるの実現したら面白い。恩納ナビーと水戸黄門、首里てんがなし(琉球王)ー万座毛でドラマ組む。面白いと思うが・・・・

 今日、マメリカ「代官」北沢のお出まし。
 日米合意めぐる公電問題
   全国の新聞では、どの程度?
[解説]基地移転の実態隠す「密約」

不透明な積算根拠 現政権も自公踏襲

 やんばるの森は台地
 高江問題で広大台地と言いました。この広大な台地の海との断崖は自然エネルギーの『宝庫』、西の大宜味村は石灰岩のカルスト台地と山が重なる。この台地は恒常的に風が吹く、風力発電に取り組むようだ。風力発電は人口密集地で低周波を出すようだが、果樹や点在する農地には景観含めていいと思う。
 
大宜味村で風力発電 全世帯使用量に相当

(続きー「あの頃、あの時、われらの実践」(4)


追加更新します。11:00
沖縄2紙、ウイキリークス「公電」
 米兵、その子たちの犯罪でいっぱいー異常な日本
d無題

タイムス社説
[普天間秘密公電]米におもねる日本外交
 下地幹郎国民新党幹事長「2014」外しで知恵
   いつも、混乱まき散らす下地
  普天間固定化で脅しの先兵
普天間移設 米に「3年期限」提言 下地氏、日本への伝達要望
  いつも、こうなんだ
金口木舌
「あの頃、あの時、我らの実践」(4)

 辺野古テント村の写真です。下の日数2571日は、04年4月19日からです。初代村長は私です。9月、海上の闘いに入り、私は海の闘いの総責任者になります。2代目村長が当山栄さん。月から金曜日まで命を守る会に泊りこみ、激務で昨年、なくなりました。
 3代目が安次富浩ヘリ基地代表委員です。もし、あの時、私と当山氏が定年になっていなかったらと思うのです。
 安次富は一坪反戦地主、私は授業実践で阿波根昌鴻翁と、翁の生きざま、沖縄の民衆の「愚直」を学び、テント村の闘いの原則非暴力主義を柱にします。テント村開設し、毎日毎日、テントを取り仕切らなければならない。
 その時、当山と私が定年で自由な身になっていた。

DSC09085.jpg
(11年5月3日)

 8年という守る会の座り込み
   辺野古の闘いの原点です。
 カウント板に「8年プラス」と書いています。守る会の「アメとムチ」に負けない8年の日々こそ、この闘いの持続と世論を形成してゆく力になるのです。
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  (守る会8年 辺野古アクションから」

 私は初日の那覇防衛施設局との攻防から闘いは長期化する。テント村でのさまざまな場面のなかで、私たちの闘いの基本的な方針「完全非暴力の行動」「この闘いは整然と座りこむことです」「漁港施設は漁師たちの神聖な場」などの約束事を確立、責任団体であるヘリ基地反対協議会の指示に従い、旗も「命を守る会」「ヘリ基地反対協議会」のみ、テントに入ると一人一人が平等の人格を持ちます

 今、4張りのテントが建っています。朝7時にテントを設営、午後5時まで10時間の座りこみ行動で、離れて「見張り兼司令部」のテントが建ち、キャンプシュワーブ内の防衛施設局の作業兼監視所の動き、情報収集、座り込みの維持、防衛施設局との対応など行います。

 那覇防衛施設局は月から金までの間に1ないし2回、作業ヤード建設再開、潜水調査・ボーリング調査辞実施要求にきます。最近は木曜日の3時30分頃、私たちの情報網、名護署公安の刑事の動き方、刑事の足や目の動きで防衛施設局の動きがわかります。

 テント村はヘリ基地反対協議会の責任で運営され、平和市民連絡会の全面的協力、基地県内移設反対県民会議の支援を得て継続されています。朝9時、ほぼ毎日、テント村の歴史と意義、情勢の分析などのミーティングを行います。

C_20110503163055.jpg
  (整然と座り込むテント村)
  私たちが、テントの生活に入って2639日プラス100日を迎えました。この間、那覇防衛施設局は26回現場に現れ、最近では午後3時30分とパターン化してきました。私たちが「整然と座りこみ、非暴力と平和的対話」を貫き日々行動すること、それは華やかなものではありませんが、確実に広がり、共感を呼び、世論を形成します。県議選前の琉球新報の世論調査で基地移設賛成7パーセントに落ち、辺野古移設反対が6割以上になりました。参議院選挙では辺野古移設反対を明確に政策と掲げ、テント村に幾度も足を運んだ糸数慶子さんが勝利したことが証明します。

  現在は、整然と座りこむことでいい情勢ですが、那覇防衛施設局が業者を大挙引き連れヤードの建設、潜水調査及びボーリング調査を強行するとき、私たちはスクラムを組んで阻止行動を行い、機動隊の導入についても具体的戦術を配置します。ですが、いかなる状況でも手を耳から上に揚げず、スクラムを組んでください。テントには戒めのために阿波根昌鴻翁の写真を掲げています。

  阿波根オジーは、日本政府の沖縄政策を「非理法権天」といいます。非道には理性で勝ち、その理性は法の力で抑えられ、時の権力は法を自己の都合に利用、改悪します。

  ボーリングの強行は「非理法」の日本政府の姿が象徴的に現れているではありませんか。天とは人であります。その人は個性を持ち考え方、役割も違います。人間の5本の指もそれぞれの役割かありますが、ひとつになるとき、人間はどんなことでも成し遂げます。

  私たちのテント村も、個性を持った集団で、組織に入っている人も、そうでない人もさまざまですが、5本の指のように団結すれば、必ず「非理法」の政治に勝てます。私は村の人から「動かない山も動くのですねー」と言われましたが、恩納ナベ「恩納岳あがた私ん里が生まれ島、森を押しのけてクガタなさな」の強い力を感じます。

b無題
  (32回の現場交渉、ゴザ)
  整然と座り込むと言うことは、前線で防衛施設局と話し合っているとき、不測の事態が起こっても、極端の例ですが、私が逮捕されてもテント村の責任者の指示に従ってください。

  初めてこられた皆さん、「初めて参加される皆さんへ」をよく読んでください。
テントの周りでは名護署の公安がウロウロしています。私たちと那覇防衛施設局が交渉しているとき、テントから出て写真を撮らないでください。公安はカメラを向けると公務中、プライバシーの侵害と挑発します。彼らは、公務執行妨害、威力妨害罪などを適用するために、虎視眈々と狙い、私たちの闘いを暴力的に描き壊滅させるのが職務なのです。

  非暴力の闘いとは世間一般の常識的行動を作り上げて行きましょうと言うことです。漁港は海人(ウミンチュウ)の神聖な労働の場所、その神聖な場を勝手に歩いたり、暴走したり、注意されたりする行動をしてはなりませんし、歩道を歩いてください。どんな小さなトラブルも自分勝手で解決しないで責任者が責任を持って解決に当たります。

  この座りこみ行動はヘリ基地反対協議会の提起で行われ、共感するものが参加しています。私どもはこの闘いのなかで一人の犠牲者も出したくありません。おじー・オバーたちは「いざという時には命を賭ける」と言いますが、その前に、中止をさせることが私たちの使命ではないでしょうか。

 明日へ続く
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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