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デモフライトー見事に「のせた」かー沖縄防衛局?

 昨日の沖縄タイムス、琉球新報対照的。タイムスは防衛局戦術に見事に「のせられた」
大浦湾の特性

 私は、少年のころ、山・川・海を庭として遊び、労働していた。当時、今では信じられないことですが、薬店で青酸カリを売っていた。
 夏、比地川に毎年青酸カリを入れ村中でウナギ、フナなどとりあう行事があった。
子供でも買えた。奥間ビーチのビーチ・ロックの浅瀬、バスで辺戸のサンゴ礁などで青酸カリ「漁」などやって楽しんでいた。このような少年期の体験的自分史を「星空に蛍が舞う川」のタイトルでまとめている。
 昨日の日記は干潟の代表的な希少生物トカゲハゼを紹介した。

まず、それぞれの海域には特性がある。2・3日前から国頭の伊是名海岸での水難事故が報道されている。美しいイノーであり、魔のイノーでもある。1980年代にオリオンビールがコマーシャルにしていた。オリオンビールと海上保安庁に電話をかけて、やめさせたことがある。
 ここのクチは音をたって浮き袋をも沈める。水難事故の絶えない場所でもある。

大浦湾には東海岸域最大のクチが二つある。方法書および準備書に大浦湾と辺野古の海の特性を下記のように書いて、分析の基本とし、準備書意見提出学習・講演などで使用していた。
 私が少年のころから遊んだ海に比べて「穏やか」、音を立てて流れる海ではない。陸地から「海の川」が二つ流れ太平洋に注ぐ。
大浦・二見の川は合流し断層の中に「泥」の渓谷を形成、汀間川群は、オオニシクチ(北のクチ)で太平洋に注ぎ、二つの「海の川」は「海の扇状地]を形成、西の「海の川」で棚田のように段差を形成している。この棚田にユビエダ群落が生息する。「泥」地帯にサンゴ群落がある。
 釣り縄が測定器になる。
 海の扇状地、泥地も生物多様性に満ちた世界があるのです。『地理中心』(09年7月号)という本に「古大浦川」「古汀間川」と命名された。
 IMG_0003_20090907215725.jpg

大浦川の河口流域のすごい世界
 河口は干潟になる。澄んだ状態になるのはまれである。その泥で濁浅瀬に生息して群落をなしているのは「動くサンゴ」の群落である。瀬嵩・汀間に沿って広い扇状地は砂地,砂地・藻場・海上ハマサンゴ地帯混在して面白い。泥地と馬鹿にしてはならない。悠久の数万年の自然が作り出す素敵な濁り、泥を馬鹿にする防衛省、「いであ(株)」の職員は魚キスを食べるな。コチも食べるな。ボラの卵(
?)食べてはいけないことになる。自然を否定,環境を破壊する輩がおいしいの食べている。
IMG_0004_20090907215753.jpg

 砂地の状況を見よう。岸から泳ぐとクマノミ家族に出会う。ボーリング調査期、「責任者が遊んで」とよくしかられた。今でも、海の生態系・あるいは「見学」(調査)は専門家のやることだと思っている節がないわけではない。
 クマノミ、サンゴの熱帯魚の群れを発見すると「見学」に誘った。
クマノミは、写真のように人間によってくる。女性たち
 クマノミは「私になついた」と思っている。
   「子どもと家族を守るために怪獣に挑んでいる」
   「長い間、遊んでいると、子供が砂を保護色にした魚に食べられる。
 この写真には見えないが天敵がいる。人間が最大の敵、「拉致」してビルの中に閉じ込まれる。
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デモフライトで踊らされるイノー
  辺野古イノーの特性

 新基地建設の地は海の草原、水陸両用戦車が踏み荒らした。辺野古海域のイノーは潮の流れ緩やかな特性。砂地に草原ができる。自然モズクの畑でもある。
 沖縄タイムス、偽りのデモフライト、防衛局戦略に見事に乗せられた。タイムス北部支社、琉球新報社に電話した。

(辺野古ジュゴンの草原撮影東恩納琢磨」
IMG_0011.jpg

 デモフライト抗議緊急集会
   テント村 10時


緊急連絡
 デモフライト中止
  9月10日(木)11時実施
  9月10日(木)「糞」緊急市民集会
    9月11日(金)延期(市議会もデモフライト立会)
 コメントは明日のブログで行います。



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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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