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専修大学・鐘ケ江研究室『紀要』について(27日、2)

大きい文字
台風2号猛烈です。
  2004年の台風発生と似てきました。全国的に注意

今日は意に反する日記
 ごめんなさい

専修大学機関の辺野古の闘い分断策動許さず
  安次富浩代表の軽はずみなインタビューを撤回し
 謝罪と釈明を求める
 専修大学はインタビュー記録の公開をせよ!


喪に服する中で
  「大西さんは辺野古の付属品か?」
 
母の初7日、友人に「大西さんは辺野古の付属か」と耳打ちされ、下記の本に次のように記述されているという。(研究論文Ⅰ・Ⅱとする)、その前に、以前、専修大学文学部教授鐘ケ江晴彦はヘリ基地反対協に座りこみ参加者名簿の分析のため名簿借用を要請してきましたが、それに、反対したのは私である。
 2011年3月下記の本(大学紀要)が発行された。

 下記本の62~64Pを本紹介後に抜き出す。
無題Q

 専修大学鐘ヶ江研修室の仕組む、ヘリ基地反対協幹部の分断策動(?)
 安次富浩さんインタビューです。
研究論文1とします。(?)
 「その時に反対の意思表示に漁港に来るのは、キリスト教信者と私。市議も来ないし、私はあきれてしまって、じゃーここに集まったメンバーで、「土曜集会」やるか、一年間何をすればよいかわからないから、今から、カヌーを練習しましょうって、カヌーがいいて言うのは夏芽の提案で、・・・それと琢磨。で、琢磨のところで練習。
 (中略)

研究室論文Ⅱとします(?)
「その時、始まったのです、加わったのは篠原さん。「土曜集会]はここ(辺野古)で、やったけど、練習は琢磨のところ(瀬嵩の浜)で、カヌーは向こうにあるから、で、その「土曜集会」に0さんも参加する。彼も現場責任者だったからやらせろと。カヌーで現場闘争必要だということになって、彼らが独自にカンパで平和丸買う、0さんは自分の退職金で0丸を買う。」

 (解説、0さんは大西です。「彼ら」とは誰ですか。反対協と無縁の組織ですか。「0」はジュゴン1号、海上闘争の司令船。平和丸は基金で人格を持ち、海の闘い調査の基本船で、海上学習の基本船です。妨害船ですか)


 単純なこと聞きます。
  安次富君カヌー漕げますか?テント村前で漕いでみてください。
  船の操縦できますか。港で操縦してみてください。
  カヌーは誰の提案ですか。
   東恩納琢磨氏に確かめてください。カヌージュゴン号は15万円で大西提供です。多くの方が提供しています。カヌーに提供者名刻んでいます。(琢磨君、闘いの歴史ありません、また、のんきものです、船名書いていませんでした。かなり激しく指導しています)、04年海上闘争には入った後、全国的カンパ運動で反対協カヌーを持つのです。船ジュゴン1号は、何のために買っていますか?

  ほんとに「何もすることなかったのですか」、03年ヘリ基地反対協総会決定、ジュゴン監視団結成(1000人)の意義はなんですか。個人加盟にした原則的意味を理解すれば、個人の成果の問題ではないのです。琢磨氏に聞いてください、(大浦湾のカヌーー体験学習、わたしがともに平和学習とつながりにある高校少なくないはずです)、インタビューは聞く人の誘導大事です。普通、される人資料持ちませんから、前後間、違い起こるのやむ得ません。一時期ヘリ基地反対協は取材、事務局長以外は認めない時期あります。多岐に運動ひろがって代表委員への取材認めました。組織を守るために厳重であるのです。

1、 安次富君は釈明すべきです。
2、 専修大学へはテープかもしくはメモの公開すること求める

 専修大学の学問的節度
   鐘ヶ江研究室は、なぜ、今、安次富・大西を対立させる記録出すか?
1、 なぜ、すべての人、実名なのに大西と判断される人のみ「0さん」で、「彼ら」なのですか?わたし、安次富君と同じヘリ基地反対協の代表委員(共同代表)です。
しかも、初代テント村村長です。

2、 学問研究ならインタビューの結語として、分析論文ないのですか。学問とは取材して分析すること学問界の初歩的常識でないですか、専修大学の科学的学問的水準はこの程度のものですか。
 大学人とか学者の本・論文は最後に索引が論文以上に多い。この「紀要」にはないのも珍しい。

3、当時現場闘争起こっていません「現場責任者だったから」は発生していません。すでに、「0丸」は2002年に就航し、大浦湾の生物調査についています。鐘ヶ江氏は当然知っています。

3、 ヘリ基地反対協の代表委員大西は、なぜ「0」で「彼ら」ですか。

4、 安次富は当時(04年)現職です。初代テント村村長は大西、2代目は故当山栄氏、海上闘争終わって、再編成アセス調査のころまで、当山氏の命を懸けた闘いがあり、安次富の退職を迎えるのです。組  織は様々な状況を抱え、その調整に命を懸けたのが当山氏です。

5、 鐘ヶ江氏は、すべて、知っているはずです。現在も大西代表は、海に出られる状況ではありませんが、海上の責任者です。海を担えるのは、まだ、大西です。命かけて、長生きしたいと思っています。

6、 ジュゴン1号、平和丸購入は悪いことですか。少なくとも科学者は取材したこと総合的に分析すべきです。辺野古の闘いは「学問的」対象として存在するのではありません。常に、闘いの現在、未来を描くのです。それは「信頼」です。「信頼」崩しました。
7、 ヘリ基地反対協の組織原則、鐘ヶ江氏は、すべての取材で理解していません。非暴力闘争、辺野古理解の最低限の学問的出発です。

8、 事実、歴史を逸脱した発言を、安次富氏が述べたと思われません。ヘリ基地反対協は学習、講演、集会発言参加も、すべて、幹事会事前報告、事後報告です。          

9、 再度、専修大学は鐘ヶ江研究室にあるであろうテープ、資料、大学の責任においてヘリ基地反対協に提出する義務があります。私の「100日日記」は、03年から04年までテント村座り込み日記とまとめています。仲間への人格の尊厳、信頼失っていないと思います。

10、 辺野古問題が国家の重要な時期に、なぜ、専修大学は、現場の責任者を対立させる研究書を許すのでしょうか。

11、 私は、「もし、あの時、当山栄氏、大西が退職していなかったら」といつも書いています。辺野古に関心を持つ人々の共通理解ではないでしょうか。今、金城裕治氏逝き、当山さん逝き、安次富・大西体制(?)の中、あえて言います、平良夏芽氏去りし今、大西を揶揄し、代表を「彼ら」と書く意図は何か。

13、少なくとも私、安次富氏より年配です。「やらせろ」などと言われる存在ですか。
   ヘリ基地反対協はどんないいことも組織討議に懸けます。私が「100日日記」で土曜集会高く評価していること、ご存じないようです。
 現場闘争と「沖縄ジュゴン環境アセス監視団」は車の両輪。

 知的輝きは事実と歴史を正確に取材すること
  対立を起こすものはテント村の村民にはなれません。
 まず、私が、安次富代表を批判したこと公式にありますか。組織内部では闘いの発展のため激論はします。
 明らかに、専修大学の「紀要」は、内部攪乱狙っています。私は、今、黙ることは沖縄のためにならないと思います。

 専修大学「紀要」の責任者鐘ケ江氏は、以前に、参加者名表分析求めてきました。闘いのさなか、秘密の場所に保管しています。求める事態が科学者の良識問います。当時、故当山氏は体に纏い保管していました。いま、スラップ訴訟、公電、企業資料が流失する時代です。生身の人間たちが権力に抗しているとき、研究資料と要請すること自体そのものが非常識です。

鐘ケ江氏の辺野古は長い、名簿研究要請以来、何か起こすと思っていました。
 私はヘリ基地反対協幹事会の議案としての削除を取っています。
 鐘ケ江さん、議案削除の配慮わかりますか。闘いの責任者はそこまでやらなければならないのです。

学者は学術論文書いて「ナンボ」でしょうが、与える影響についての配慮ください。

辺野古座り込み・海上闘争に参加された皆さん。あなたの名前が権力さらされたらどうします。
「0」 はねつ造だとだと見ます。

安次富がこのような発言すると思われません。しかも、2011年という年に。

 鐘ヶ江研究室発行は専修大学紀要です。当然、大学の責任で出されていると思います。
 歴史の大転換期です。登場人物は、苦楽を共に、勝利を夢見て、それぞれの個性、人格を尊重して>きました。
 テント村はヘリ基地反対協の責任で7年余、維持してきました。下記のブログ「宝の海」見てください。わたし、「0」、「彼等と」と呼ばれる存在ですか。
http://www.geocities.jp/teruo024/henoko1.html

 毎日テントを指揮し、海上闘争の責任を担い、「0」で済まされる存在ですか。
 学者でも、人間の尊厳、人間に対する畏敬の念はあるべきです。なぜ、大西のみ「0」ですか。

 私は人間の尊厳求めます。
 専修大学は辺野古の闘いに関与すべきではない。
 鐘ヶ江氏含め専修大学は辺野古テント村への来訪の禁止をヘリ基地反対協に求めます。
テント村「憲法」(『初めて来られるみなさんへ』)は内部攪乱をする人は「帰ってもらいます」を原則にしています。
 今日の発表は、安次富代表、仲村事務局長、東恩納氏、具志堅幹事にも改めて、通告しています。
 闘に生き、闘いに責任を持ち、犠牲者も出さず、しかも、闘いの中で病に苦しむものの脳天にハンマーを叩きつける研究論文にもならない「紀要」、許せますか。

 今、わたし、自分をさらけ出します、幹事会にも参加できない状況にいます。

 東恩納琢磨氏は、私のジュゴン1号、カヌージュゴン号、平和丸などがあればこそ、持続できたのです。WWFJ,日本自然協会の調査など同様です。わたし、11年、一円も船の使用料もらっていません。関係者、東恩納氏に聞いてください。
 現在も、同様です。
 歴史と事実の歪曲は許されません。
 鐘ヶ江氏はすべて知っています。知らないと言うなら、辺野古書く資格ありません。

 安次富と大西を対立させ、また、労苦を共にしてきた仲間と大西を切り離す策動黙っておれません。
 2011年という大事な時。

辺野古・高江は「一つ」、全国の闘いは「一つ」と書き続けていること、なぜ、今、タイミングのいい「紀要」で、ヘリ基地反対協の代表委員を喧嘩させるのですか。

 わたし、たくさんの誤りして来たかもしれません。ですが、特別に「0」などと書かれる筋合いありません、人格あります。
 専修大学の狙いはなんですか。

 専修大学の名誉のためにも言います。あなた方は辺野古書く資格ありません。それ以前に、辺野古に来る資格ありません。
 わたし、「紀要」は、意図的にインタビューを改ざん、編集されたと認識します。

 鐘ヶ江さん、わたしと辺野古の皆さん、喧嘩させること楽しいのですか。
  ヘリ基地反対協は、内部論争は激しくやります。
 ですが、公にはしません。大学の名で組織の攪乱はやめてください。

 いわれなき「紀要」に寛容であり続ける事、拒否します。
(わたしプロフィールで「陸でも海でも 夜も昼も寝る」と)自己評価ですが・・。テント村評価も。
 
 読者のみなさん、
 ヘリ基地反対協は協議体です。
 それぞれの加盟団体の独自行動、尊重は組織の原則です。その加盟団体、組織の代表を「0」、「彼ら」と揶揄する「紀要」を許してはなりません。
 闘いを担う団体の幹部を揶揄、外部がやることの狙い何を意図していますか。辺野古は多くの個性が参加しています。ですが、責任団体明確にした闘いです。その責任者を揶揄する発言、しかも、同等の代表委員にさせる。
 安次富君が言ったか言わなかったか。
 1番苦しい時の責任、になったのは、大西と当山ではありませんか。すべての人間を実名で出すとき「0」という表現は否定的人間を指すか、人権への配慮などです。
 
 私、故金城裕治、故当山栄さんと戦略・戦術を練った日々、もっとも、楽しい時でした。
 金城さんの激しい思い、当山さんの沈着冷静な指示、それは、安次富さんも胸に刻んでいると思います。
幾度も「宝の海」で書いています。
私が、今、日常、辺野古におれない時期に、書かれることと、「不信」創られた。これまでも、公開はしてませんが「不信」を信頼の輪へと広げてきた。
 長く生きなければならない。
 わたし、負けません。あえて、公開します。

 両氏とも責任もって対処してください。

へり基地反対協幹事以外が、わたしをどう、何を言い、書き、批判しようが構わない。それは、互いに、私的に、遣り合えばいい、無視も自由、ヘリ基地反対協の代表員が同じ代表委員を学問の世界で揶揄し、される。それは私的関係ではなく、組織にとって重要な問題が公にされたのである。学問研究の美名の下で。

 文学部教授「学術著書」になって絡むとさらに、文章の意図、複雑になる。氏はブログによると「産官学」の研究者、大学の産官学一体化反対の闘いしたものには違和感を抱くの当然である。
 氏のブログから学術論文開けませんから、氏の学術視点読めませんから、目の前の学術論文「聞き取り」集で判断する以外ありません。

代表委員が喧嘩する。せざるを得ない、不幸なことです。
 こんな不幸は初めてです。
 わたし、辺野古の闘いは「第4の権力」(メデイア)との闘いの側面と警鐘鳴らしてきました、学者との闘いも出てきたか。

痛みは社会的政治的差別構造であれ、一人の痛みであれ、現在の政治での状況含めて日本の閉塞、苦悩になっているのではありませんか。それは、氏の学術論文集タイトル一覧表(ブログ掲載)の主要課題のようです。

 お二人とも、知的世界の人です。お互いに、責任のなすり合いで、糊塗してはいけません。信頼回復は事実が力です。

誤解のないように(追記)
  わたし、「参加者のライフヒストリー」批判、しているのではありません。安次富浩は「参加者」ではありません。この闘いの「組織者」です。他の9人のライフ、および、闘いの参加者と違うのです。
 全体の安全、人権、すべてを統括する司令官の一人です。「紀要」は参加者としていますが、さすが、文学部教授です。学者鐘ヶ江晴彦に関する問題は、入口です。

大木晴子ブログなの大絶賛だから、まー学者範囲の世界で名もなき学問経歴のない人たわごとと思うなかれ、、ライフりなどは極めて簡単自分史を鐘ヶ江氏がやっただけ、お金を出して。自分史今商売、学者としての部分も、毎日いないから、毎日いる人の日記借用すればいい。「愚直」もどか使用しているが「00」でくくってないから、わからない、鐘ヶ江氏の印象残るのだが・・でも、借用ではないかもしれないが物理的に、検証に値する。
 「紀要」だけでなく、いろいろネット発表で辺野古問題で「爆弾」持つ。辺野古テント村はすべての人格は平等。知識豊だけで、手法美味い無し。現在にテント村の憲法で切べき最高の人物であること刻む。人気ある政治家、切ったから、いいか、切れないとき、地元の責任者とすれば去って、鐘ヶ江任せばいい。辺野古敗北だ。
安次富を参加者の視点であるから。安次富には歴史は飛んではねている。相手の作っオデンの並び組織者としては問題ある。それが狙いだ。だから、安次富、鐘ヶ江の皿の上。実にうまい「ライフ」記録、火種作るの美味い。見事だが「バクダンン」隠している、実に巧妙。いずれ、示す。


台風進路
 速度早く突然来ます。
2004年、自然(台風)と辺野古の闘いが一つになって、日本国民の目を南に向けさせた。夏初期台風が秋台風の進路で進んでいます。津波インドネシアで発生でした。似ています。東北のみなさん、台風にも気をつけてください。
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/typhoon/typha.html?c=2


(27日発信、いれ変えしました。今日は2回更新です。1にニュース)
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専修大に強く抗議したい

専修大学の基地建設反対運動に対する
妨害策動に強く抗議したい。
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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