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クブシミの恋ーめでたしめでたし-きえた原稿

原稿が消え見つかって今日は2回発信
 民・社・国連立政権合意について
  「政府のでたらめさを証明した象徴的日」

 昨日、テント村帰って横になった。タイムスから3党合意にコメントを求められた。
    「政権方針に1喜1憂せず、基地反対の民意を積み上げたい。」
    ヘリ基地反対協の大西照雄代表委員は冷静な見方を示しつつ
    「日々の運動が日米の基地押しつけ政策を追い詰めた成果だ。
    デモフライト中止にも触れ、
    老朽化した危険なヘリ配備する米軍と追従してきたでたらめさを証明した象徴的な日だ。。3党    合意も民意を無視の手法を許さない国民世論を受けたものだ。」
 以上が記事の内容である。
 組織の責任者の一人ですから私的見解であり、ヘリ基地反対協の声明、あるいは決議等で表明すべきものであるした。
 
 [象徴的日]とは、04年9月9日、那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)はアセス法無視の地質調査ボーリン調査を米軍基地から強行した日。たとえばの話が、もし、アセス法に従った手法を当初から政府がやっていれば、われわれは有利な闘いを組めたであろうか。
無法アセスが続く、環境派の比較的多い民主党はマチブイは避けられない。社民党のマチブイは海人でも縄が解けない事態も進む可能性秘めている。
 9月9日、NHKだけに情報は伝えられていた。
冷静的見方」とは
 アセス日程と政治日程

 辺野古の現在の位置は、民主連立政権の誕生合意の中にある。仮に、社民党が環境大臣になったとき、評価書を認めるかが草の根の環境団体、COP10の大きな関心ごとにもなる。すでに、COP10の動きはサイト上でも活発になってきている。
 民主党の防衛大臣は知事に「埋め立て申請」を出す。いずれも、2010年である。国際的に核廃絶で2010年は明け、秋には、名古屋のCOP10(世界190国環境大臣・外務大臣)、第二の地球サミットを迎える。国内・沖縄県内は・・・・・・。
 日米再編成の完結は2014年、すでに、われわれはロードマップを方法書の段階で8月(目標は1年であったが)遅らしてきた。
 ロードマップは狂いだす。
この闘いは辺野古・高江の「ガースーブ」(我慢比べ、根気比べ含む)である。基本的観点からみるとデモフライトは自公防衛局の足掻きとでもで言えないことはない。
 政府のアセス学者ーアセス制度をなんと思っているか
  防衛局違法アセス弁護できない
 
 9月7日、アセス審査会はアセス法中心にが開催された。同審査会私は①ジュゴン専門家、②アセス法専門家招致、③刺し網の漁民への謝罪を求めた意見書を提出している。
 沖縄弁護士会は三宅俊司弁護士、政府側(?)はアセス法制定に重要な役割を果たした倉坂秀史(千葉大学教授)、学者の文書は回りくどくて難解ですが、とても、面白い。
 
 「最初に環境保全上の問題の少ない事業案を提示し、後から環境保全上の問題の大きな事業に変更することを認めることは、制度の意義を著しく損なうことになる」
 「環境影響評価手続きの意味を損ねる程度に環境影響が大きく変わる恐れがある場合には、手続きを再実施させる必要がある」
 
 そして、防衛局の弁護に入るが学者の本根を読むのに苦労する。そして、さらに、面白くなる。

「環境影響評価項目の判断が説明できる程度に事業の実施とが明確に記述されるとは言えない。したがって、方法書の記載内容としては、法的な形式要件は満たしているとはいえ、実質的には不十分なものであったと考える。このとき、方法書を出し直させることが制度上の趣旨を鑑みると適切であったと考えるが・・・・」、と「が」以下で、防衛局を免罪する。
 
この学者の展開は
  現実の事実は否定できない。
 
「この点で、追加・修正資料について期限を設けて意見のあるものに意見を聴取する手続きを、資料が閲覧に供され、意見提出が任意にできたとしても、望ましいとは言えない取り扱いであったと考える。法的要件を「望ましい」に置き換えて環境影響評価21条に触れて「準備書提出後に追加調査を行うことは制度上想定されている事項である」と防衛局が評価書に入る正当性を主張。
 
 しかし、倉坂教授はフローアから、今、行われている事後調査(供与時発生する)について指摘され、琉球新報9月8日(28面)
知事意見待たずに調査していれば、アセス制度をなんということかということになる
 アセスの争点はやりなおしである。方法書に戻ることである。
 その最たるデモフライト、中止、10日、今から、行われるようだ。テント村休む、今日は今年の夏最大の暑さになりそうだ。書斎、無風の快晴の空に辺野古方面積乱雲が見えだした。まだ、ヘリ来ないようだ。(11:30)
花子は太郎の嫁になる。
 太郎は並みいる恋敵を撃退して、花子は太郎を受け入れるのでした。恋を成熟させた目に人生(イカ)の喜びと安らぎ。
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花子はユビエダサンゴの林の中に新しい命を預けるのでした。
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私が勝った日。
 奥間ダム中止

9月3日、私の畑に建てられた大きな立て看板紹介しました。散歩から帰りQABで奥間ダム中止の答申報道を見る。20年余の闘い、勝った。
以前に中止決定、開発庁再浮上させたと聞き、奥間川保護基金と連携して立ててもらった。同基金案内のため、奥間・比地川理解に書いた「星空に蛍が舞う川」の完成を急いでいた。急ぐ必要なくなった。この畑は山階鳥類研究所がヤンバルクイナ捕獲のキャンプを張った畑でもある。
 照葉樹林と熱帯が複合するヤンバル、次は世界自然遺産への登録だ。
 再度、立て看板紹介。辺野古も高江も、泡瀬も勝つのだ。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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