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蟻地獄へ誘惑かーオスプレイとは



天気変です。秋風のような涼しい日が続いています。人間の世も変です。バシー海峡に熱帯低気圧有って沖縄に大きな雲運んでいます。激しい雨降りそう、雷、雨の前に停電、果樹などについた塩流してくれそうです。
北緯10度付近に大きな雲の塊。梅雨の終わりか2・3日雨、6日暦で芒種、ユッカヌヒーには晴れそうです。

違法アセス訴訟いけませんでした。

 蟻地獄への誘惑か

  過去の手法
 市民投票から軍民共用空港への手法は「現実的対応」と振興策(島田懇など基地関連事業)であった。再編成(日米合意・ロードマップ)に、蟻地獄に悶えていた。
 「基地に頼らない」名護市を選択する。

  現在の蟻地獄への誘い
 沖縄の心をムチャクチャにする。不信の沖縄を作り出す。それが、メア発言、不信の沖縄を生み出そうと先頭になっているのが下地幹郎衆議員(沖縄1区、国民新党幹事長)、アチラシケーサー(同じ料理を何度も煮て出す)で、国民の沖縄への不信と県民分断を狙う。

1、 沖縄防衛局の現況調査の提出で、名護市長包囲を狙うとともに、アセス手続きで仲井眞県政を手続き的に縛る。過去の「現実的対応」論と同じく、論理、手続きでも「蟻地獄」に入ってはならない。

2、 国は仲井眞県政と県民を分断する。
「オスプレイー防相、知事に配備伝達―先月、非公式会談で」(新報6月1日)、知事は県内移設反対である。インタビユーでは、オスプレイの配備は「無理」の判断ですが「非公式」の防相伝達、否定も肯定もしていない。知事は「チラターチャー」(顔二つ)の不信を生む。防相は「下地<災害>拠点―米軍と共同訓練も」で、さらに、蟻地獄への誘いを仕掛ける。沖縄が<災害>拠点になりうるか、トモダチ作戦の揚陸艦エセックス軍団見れば明らかである。
 「沖縄は、災害救助」にも否定的と描くのであろうか。

 内の不信・分断助長は軽視できません。小さな記事ですが、嘉手納降下訓練「禁止要求盛り込まずー沖縄市議会」(新報1日3面)に、「何が危険かわからない」と主張始まっています。降下訓練はSACO以前の読谷村の主要な闘いでした。
 私の記憶には「棚原隆子ちゃん圧殺事件」(1965年)など、歴史の中の降下訓練のさまざまな事件を思い出します。「危険」は歴史と現実が示します。

3、 地震・津波・トウデン事故、「宝の海」は、3月12日以来、エセックス、海軍空母軍団の動きを追っている。また、トモダチ作戦をチエックすべきと提起している。
 沖縄タイムス「「トモダチ作戦」から見えたもの」(吉田健正6月1日)は、ほぼ、「宝の海」の記録と一致する。トモダチ作戦早い収束。アメリカの復興支援見えず、中国日本観光再開、日本の経済復興「中国頼み」の評論も出始めた。
 中国抑止力論、崩壊するであろう。


防相が、非公式会談内容を公開する意図を、読むこと大事であろう。防相は「三顧の礼」を描こうとする。
 知事は、無闇に閣僚と会談重ねる「べき」ではない。
額賀志郎防衛庁長官が、頻繁に北部詣でを重ね、止めで、島袋名護市長(いずれも当時、06年4月)を地獄に誘ったのは「君も、僕も、国民から選ばれた」であった。
 日米政府は、財政に苦しいから、沖縄の心をずたずたに切り裂くことで、難局を乗り切ろうとしている。

 MV22オスプレイ
  ミサゴから、知っていましたか?
金口木舌
 辺野古のミサゴです。
 「宝の海」は、サンゴ、アジサシ、ツクシガモ、大浦・辺野古の生き物たちなど写真公開してきました。
 MV22オスプレイは、ミサゴが獲物を狙う姿から命名されたようです。
 日本中に生息しますから、見られるでしょう。
 わたし、この2年、ミサゴがホバリングして、獲物捕る一連の姿撮ること目標にしました。
 獲物捕った後、ダツが暴れたのか、干上がった干潟に運び、飛ぶのきつそうに羽ばたきます。
DSC04676.jpg
 気流に乗る
DSC04675.jpg
 (ダツを捕ったミサゴ、2011年1月2日辺野古干潟、日時はわかりませんがカラスとミサゴの縄張り争いも撮れ、公開しています)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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