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沖縄海兵隊基地を自然エネルギー基地へ


台風5号で雨ですー強い台風ではありません、予測して、ごーやーの苗、ナベーラの苗植えました。
 海兵隊訓練基地を
  自然エネルギー基地へ
 沖縄の地図、開いてみてください。海兵隊訓練基地、キャンプハンセン、シュワブから北部訓練所(ジャングル訓練基地=高江・美作)は、広大な台地を占領しています。沖縄本島に吹く風は北東・南東で約75%、海から吹く風さえぎるものありません。風力発電の資源が無尽蔵に眠っています。
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(ジャングルセンター、高江N1から伊湯岳の陸軍通信施設を撮る。2月、伊湯岳から、ジャングルセンター含む、観るとの一層、台地の持つ持続的開発の可能性が見える)

ジャングルセンターには、海水揚力発電が稼働しています。夜に余った電力で台地の海水ダムに海水ダム発電行っています。
 風力発電の難点は低数波を出すために住宅密集地に不適切と言われています。海兵隊基地群は持続的開発能力を秘めています。

 世界が脱原発に大きく歩み出しています。都市地域は南国の豊かな太陽発電、島と島の海上には潮力発電、南北に連なる海兵隊基地には野生生物の居住区に配慮して、風力発電と海水揚力発電を結合して、沖縄は、電力供給基地(電池蓄電船)になれる可能性を秘めた21世紀の沖縄ができる。
 これは、高校教師のころ、原発学習の授業である。
 今、あの頃、思い出すのです。渡嘉敷島に太陽発電実験施設、宮古狩俣に風力発電、美作の海水揚力発電の写真を撮って授業プリント作成していた。

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 (断崖の高江、海水揚力発電所展望地、3月)
 日本列島の特性は
   自然エネルギーへの転換ができる。
 日本列島は南北の距離でいえば、中国・アメリカ合衆国より長い。日本列島を偏西風が流れ、季節風が南北に吹き続ける。海峡も豊かに発達している。
 すでに、科学的データーでは、日本の自然エネルギーは、世界有数の資源国と言われているのでは、有りませんか。
 国民の意識転換、アメリカの経済従属から脱却する政治の世界が求められると思うのです。


 沖縄の夏は、日本でも涼しい。今日だって、東京34度、沖縄32度、風の違いである。夏は台風、冬は、ミーニシ(北風)吹き付ける。(昨日の「天」)
 だが、沖縄の豊かな風の吹く地帯は海兵隊基地群である。脱原発ゼロは、すなわち、沖縄では、脱安保と一体である。(沖縄には原発無いが、研究されている)
 米軍基地は過剰な電力食いつぶし施設である。
 高江の闘いで、高江の自然を写真でいつも紹介するのは、持続的開発能力の世界があるからです。騎兵隊訓練基地は、さまざまな、自然ケネネルギーを有機的に結合、電力供給の独占を排除することによって、
世界的な自然エネレギーと生物多様性の結合したモデルができ、世界が地球と共生するメッカを、海兵隊基地に創造しようではありませんか。

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 (広大な高江の農地開発、ハイベスターでキビを収穫した後、2月、伊湯岳が左に見える)

 昔は、高江は「陸の孤島」「山のカリキグニ(貧しい)」と言われてきた。この高江が東村、大宜見村、国頭村で最も子供が増え続けているのです。
 高江の人口約180人と言われています。喫茶店、レストラン(食堂含む)が6店ほどあります。なぜ、でしょうか?
 小さな村の大きな闘い、人間が増え続ける挑戦の村、あなたは、何を学ぶ? この森に、私は、いつも、ロマンを描いている。
 その保証は、日本が「真の独立国」になることによって、電力資源国日本が創造される。
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 (作業機械撤去させる。3月4日、もう来るな!24時間体制続く高江)

高江パンフ
 沖縄統一連作成
全国的普及を

http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/img-box/110613heripad-lief-p1-16.pdf

地方から協同の波を
 
 日本全国の原発、基地問題で、私が求めてやまないのは。このようなチムグクルの協同です。ドイツ・イタリアの政府を動かした地方の力です。地方から協同積み上げない限り、天の命は生まれないと思うのです。東京が引っ張るべきですが、おそらく受益者としての甘えがあると思います。沖縄から学ぶということは、このことです。1960年代、沖縄は美濃部都政、横浜市政、大阪黒田府政、京都蜷川府政生み出した民衆の協同・知恵に学びました。

 愛知でも伊波講演会で協同、生まれています。北海道ではフオーラムと安保廃との協同、さらに、原発ゼロの協同を積み重ねるなら、日本の国の形に向うと思います。
 私の辺野古の闘いの根本は、違うものの「5本の指」です、闘いの基本原則は非暴力、高江も非暴力の原則の元、さまざまな協同、人間連帯を生み出しています。
原発推進の自公、民主の政策的、野合的、組織的大連立は国民協同とのし烈な戦いになると思います。
 次のメールです。

以下は転送。
平和運動フォーラム、ピースネットと共同して、
『沖縄』を中心と
しながら『原発』『憲法』などをテーマに、リレートークを行
うことになりました。
7月2日(土)12:00~13:00 大通西4丁目
ぜひご参加下さい。

道安保事務局 橘 晃弘

タイムス社説
[知事の平和宣言]み霊に誓った県外移設


動画
街中で行われている
 高江・辺野古ライブイベント、写真も多彩
http://takae.ti-da.net/
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東京新聞「社説」(転載)

東京新聞の「社説」転載します。

【社説】

沖縄慰霊そして普天間 他策ナカリシカ
2011年6月24日
 「沖縄慰霊の日」直前、日米両政府は米軍普天間飛行場の沖縄県内移設を再確認した。基地に基地を重ねる負担の押し付け。本当に「他策」はないのか。
 沖縄本島南部の糸満市摩文仁。その丘から見える海岸に波が打ち寄せている。太平洋戦争末期の沖縄戦で、最後の激戦地だったのがうそのように、穏やかに。
 一九四五年六月二十三日は、日本軍による組織的な戦闘が終わった日だ。沖縄県はこの日を「慰霊の日」と定め、この激戦地跡に造った平和祈念公園で毎年、沖縄全戦没者追悼式を営む。菅直人首相も昨年に続き、出席した。
◆絵空事の県内移設
 「東日本大震災、原発事故の中で慰霊の日を迎えることは感慨を覚える。沖縄には基地が集中し、皆さんに負担をおかけしている。沖縄だけ負担軽減が遅れていることは慚愧(ざんき)に堪えない。今後、危険性の除去に最大限努力する」
 首相は仲井真弘多県知事に続きこうあいさつした。もっともらしく聞こえるが、今は空疎に響く。
 首相就任後の一年間、沖縄県民の基地負担軽減にどれだけ尽力したのか。東日本大震災への対応に一定のめどがつけば辞めると宣言した首相が基地問題で努力できたとしたら奇跡に近い。
 世界で最も危険な飛行場と米軍トップも認めた普天間飛行場の返還のためとはいえ、在日米軍基地の約75%が集中する沖縄県に、新たな基地を造ることは、さらに重い基地負担を強いることになる。
 日々の騒音、相次ぐ事故や米兵による犯罪、そして何よりも、米軍の戦争に手を貸す心理的重圧。
 移設先とされた辺野古地区のある名護市をはじめ、公有水面埋め立ての許可権を握る沖縄県知事まで反対する中で、新基地建設を強行しようとしても、できるものではない。仲井真知事が「絵空事」と言うのも、もっともだ。
◆新シナリオ描こう
 米連邦議会内で辺野古への移設を全面的に見直し、これまでにも検討され、排除されてきた米空軍嘉手納基地への統合案が再浮上したのも、県民らの反対で辺野古移設が容易でないことを示す。
 にもかかわらず、日米両政府は辺野古への県内移設を変えようとしなかった。ましてや外務、防衛担当閣僚がワシントンにそろい、辺野古移設の堅持を再確認したのは追悼式の前々日だ。沖縄へのあまりの配慮のなさに愕然(がくぜん)とする。
 菅首相や閣僚は日本国民たる沖縄県民と米政府のどちらを向いて仕事をしているのか。菅首相が鳩山由紀夫前首相のように逆らわずに米政府の歓心を買い、政権延命の材料になり得る九月の米国訪問を取り付けたとは言い過ぎか。
 もちろん、普天間飛行場の固定化は避けねばならない。早期返還にこぎ着け、周辺住民の危険を取り除く必要があるのは当然だ。
 そのためにも、実現可能性が限りなく低下した辺野古移設に固執するよりも、国外・県外移設の本格的検討に力を注ぐべきだ。
 遅きに失した感はあるが、アジア・太平洋地域の安全保障と、沖縄の基地負担軽減を両立させるシナリオを描き直してはどうか。
 北沢俊美防衛相は記者会見で、自民党政権時代と同じ辺野古移設に回帰したことについて「もし時間のロスだという論評があるとすれば、それは政権交代に基づく民主主義のコストだ」と述べた。
 だったら、政権交代など必要ない。直ちに下野すべきだ。民主主義を愚弄(ぐろう)するにも程がある。政治家のこういう発言が、政治への国民の信頼を著しく損ねるという自覚がないと厳しく指摘したい。
 九四年のきのう、病躯(びょうく)を押して一人の国際政治学者が、平和祈念公園に隣接する国立沖縄戦没者墓苑を参拝した。
 若泉敬氏。沖縄返還交渉で当時の佐藤栄作首相の密使として米側との極秘交渉に当たった人物だ。この沖縄訪問の一カ月前に出版した著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」で、沖縄への核再持ち込みを認める密約の存在を明かした。
 書名からは、沖縄返還を実現するには密約を結ぶしか策はなかったとの信念がうかがえる。
 同時に、日本復帰後も沖縄の米軍基地負担が一向に減らない現実と、日本政府の無策に、絶望的な思いを抱いていた。若泉氏の度重なる参拝は「沖縄県民に謝罪する」ためだったと、大田昌秀元沖縄県知事は国会で述べている。
◆愚者の楽園脱せよ
 沖縄の痛みに無関心なまま平和を享受する日本の姿を、若泉氏は「愚者の楽園」と呼んだ。
 政治家も官僚も国民、特に本土に住む私たちも、この指摘を重く受け止めるべきだろう。
 本当に辺野古移設しか策はないのか。真剣な検討や米側とのぎりぎりの交渉抜きで策なしと結論づけるのなら、惰眠をむさぼっているのと同じである。

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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