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進歩的「ジャーナリスト」へ没安保の世界to 「古琉球」

沖縄のチムグクル
 高江座り込み4周年集会へ
  7月3日(日)1時、
  東村平良公民館(道の駅向かい)
多くの参加が、求められます。
 機材を絶対に許さない。当面の最大の闘いである。
 24時間、監視体制、口にすることたやすい。行動が先である。万天の星の降る森、車をホテルとして寝るのも、至福のホテルと思うこと。
え無題
 (私は参加できませんので、牡丹鍋提供)

 ドラマ「テンペスト」と
   地方の村から琉球王国史
 NHKドラマ「テンペスト」のコマーシャルが流れる。私も5月以来、古琉球と琉球王国支配下の国頭の一つの村から書き始めている。
「テンペスト」に出てくる聞大君と地方のノロに関する伝説的歴史を、村に伝わるオモロ、ウシデーク、ウンジャミなどの古謡、硫歌、遺跡、また、琉球王国から引き継がれた神具などから、メモ記録を取っている。祖母が幼い時に語り継いできた伝承を沖縄歴史書などと検証している。

 私の頭は、現在の政治の動きから、幽玄な原始時代の世界に紛れ込み、琉球王国の基礎を築いた察度、琉球王国統一した尚円などの英雄の世界に入る。
 頭と指(パソコン)は、飛んでいる状態である。
 辺野古の海から、ニライカナイの海へ、琉球大貿易時代のわが祖先を読むオモロの世界へ、古琉球やオモロの基礎的知識学んでいないのだが、母と暮らした68年の記憶の世界でもあり、少年のころ、遊んだ場(伝説や信仰の場)であったりする。柳田國男、折口信夫が我が家に来た。折口信夫は我が家に来た記録を残している。
 一つの村に焦点を当て、狩猟時代から琉球王国成立期を書くためには、民族学、文化人人類学の知見も得なければならない。その中に、自分史(特に、沖縄原風景の有った少年期)も残したい。母94年の記録でもある。
 何で今、
  古琉球なのだ
 辺野古・高江の現実の中で、オモロや琉球王国史のヤンバルに向かう、暇なのか、と言う人もあろう。古琉球は琉球・沖縄史の中で琉球列島約17万の民が、誰にも支配されず、西太平洋をわが庭として、世界歴史遺産に登録させる自主、独自的文化を形成していくドラマの歴史である。

 伊波普猶は、オモロの研究から、大和・米軍に支配される歴史からの脱却を「ニガ世からアマ世へ」と説いた。
 すでに、紹介している『沖縄1千年史』の著者は沖縄の歴史を「チムグクル」の歴史と書いた。

 昨年の知事選挙、仲井眞弘多候補は、演説の度に「万国津梁」を説いていた。これは、やばいと思った。琉球・沖縄史が自主独立の民としてアジアでもっと活躍した時代の生き方で、明日の沖縄への指針であり、沖縄の民の琴線として響くのである。
 「万国津梁の邦」は、私が辺野古の闘を、分析、展望を切り開く基本的なものの見方の構成要素の3本の柱である。

 琉球城跡群の世界遺産への登録は、沖縄の思想の登録でもあること、見逃してはなりません。
 沖縄の自然を世界遺産への登録というとき、生物や景観だけではないのです。そこに、生きる人々の歴史的、そして、現代においても自然への畏怖の思想が問われる。
 私の古琉球
 QAB三上智恵ニュースキャスターの協力
DSC09418.jpg
 (神器、古文書の映像保存、実家にて26日)
  
 沖縄民族学会顧問上江洌均氏
   沖縄国際大学稲福みき子教授の協力
DSC09421.jpg
 (古文書、神器についてインタビュー受ける上江洌・稲福先生、実家にて26日)


 追加メモ
 ジャーナリスト
 日本ジャーナリスト(JCJ)機関紙「ジャーナリスト」(6月25日)が送られてきた。原発に関する記事で埋め尽くされている。それは当然であろうと思うのだが、浦島「沖縄レポート」は連載記事、安保や沖縄基地は1字も触れられてない。
24日、東京新聞社説を称賛した後だけに、格差の大きさに、今度は失望である。

 進歩的ジャーナリストの組織でも、安保と原発結合してみること出来ないのであろう。大震災を通じて、日本列島を米軍と自衛隊の要塞基地にして行く2ぷらす2などに触れる目を持たないところに、沖縄66年の不幸を解決できない要因がある。

 昨日、2プラス2声明と各地で米軍基地闘っている人たちの、記者やメデイアへの説明の苦労書いたばかりである。

辺野古の闘い、事件的に書く記者たちと本質を書かせる闘いでもあった。同時に「宝の海」は、開設以来「辺野古は<第4の権力>との闘いでもある」とメデイアに警鐘を鳴らし続けて歴史でもある。

 進歩的「ジャーナリスト」が、日米声明に関心を示せない現実があるということであろう。政治家が安保語れば票にならないと同じとは言わないが・・・・・。
戦後66年の新聞を調べると、沖縄との関連でマスコミの姿、変わってない。
 
 自然災害であれ人災であれ、日本の国の形と深いつながりがあると思もう。それは、憲法と安保との相克であろう。原発の中で、安保を書くのは請けないかもしれない。日米政府はジャーナリズムが書かないこと願っているのだ。それが、66年の沖縄の歴史であった。

安保・原発を一体と唱える、私などが異様であろうか。でも、日米の合意文書、声明は一体と書いている。基地を沖縄問題とする発想も同じであろう。「ジヤーナリスト」を読んで、このような思いをし、メモとする。ジヤーナリストはジャーナリスト間の問題は扱うであろうが、民衆のジャーナリスト批判にはどうであろうか。

声明は、アメリカの「命令」であるとした。自民・民主の政治家と官僚は、沖縄の各種議会の議員に圧力をかけてくる。来年は沖縄中間選挙(県議選挙)、議会の全会一致を崩すこと、普天間固定化と辺野古移設の二者択一の脅しをかけ、地方議会が基地問題で一致しないようにすること当面の戦略となる。
 沖縄の民意「二つ」と描く、SACO以来の姿である。

日米の姑息な手段を沖縄は打ち破ってきた。巨大な在京新聞の日米同盟深化論の大合唱をも克服してきた。今、メデイアとジャーリストの無視の時代に、また、入ったか?

 基地誘致議員に「徹底」した粘りを求めてくる。沖縄の議会で基地問題で全会一致の決議が常識である。
 議会民主主義、行政民主主義のアメリカには、この沖縄の決議が許せないのである。
ゲーツの「来年の現実的進展」命令の重要な一つでもあろう。
 メデイアの特性は対立を描くこと、ニュース性があること(国民から請けること含め)。
 ジャーナリストはその仕掛けに乗らない透徹な、現場性が求められる。
 
 
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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