スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

沖縄のチムグクルは必ず勝つー高校生の総合学習


 日本各地で台風情報を!台風が来ると思ったら、ゴーヤーやナバーラは、蔓切って巻いて、束ねてコンテナやカンデンサーを被せて、風に飛ばされないように石乗せて、去ったら、棚にまた乗せる。風台風なら水で潮流すと、家庭菜園なら何とか自給自足できる。オクラなどは、スコップで一か所だけ根を切り倒す。
 台風は九州・四国に向うか?

 台風6号、どの天気予報でも日本列島どのように縦断するのか読み切っていません。発達し続けています、週末の海は、どの地域も注意が必要です。雨台風、台風なのかの情報も少ないです。

 福島県肉牛出荷停止検討
  ニュース見て 原発で、一つの県が「沈没」する印象、入るニュース宮城県まで拡大?生産物すべてに連鎖?。参議院では「トウデン救済法案」(肩代わり)が自公などで通過。怒り心頭。脱原発反対勢力活発に動く。



 子どもらに語る

  沖縄非暴力
「宝の海」(3代目になる)は、人にけなされず、褒められもせず、7年間毎日、メモを発信して来た。
1日だけ見れば、何の変化もない、だが、この7年の変化は、確実に戦線は広がっている。
 2000年頃「生けとし生きるものが名護市民となる」「辺野古は学際的闘い」と書いた。
 「それって、なんねー」であった。
 まだ、現職の高校教師であった。
ガリ版から、パソコンへ、振り回されてきました。でも、日記は、38年続いています。「宝の海」は、
 延長でしかありません。
 今、ネットメデイアは恐ろしく発展し、ついてゆくのができません。「時代遅れ」を改めて痛感します。
 活字メデイア、テレビメデイアも無視できません。嘘がつけなくなりました。「大本営報道」も、御用学者も。

 でも、褒めてくださった方がいた。日本シャーナリスト会議のの重鎮、故亀井淳さんであった。市民投票(97年)以来、私の家、名護のヒジャーヤーでいくどか泡盛を飲み交わした。亀井さんがペンでメモ取ったこと見たことがない。頭の中にメモ帳がある人だ。二人の共通点は阿波根昌鴻の沖縄非暴力であった。

 亀井さんは『反戦と非暴力ー阿波根昌鴻』(1999年)で沖縄非暴力を日本に問うた。私は、沖縄非暴力を実戦的課題として『沖縄の太陽物語』(1995年)と上梓していた。
 辺野古の闘いの基本指針として、辺野古の日々を『愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心』(05年)としてまとめる。
 亀井さんは、書評を書いてくださった。

http://www.kameijun.com/zakki/034.html

 亀井さんは、結びで、次のように書いているが、
「後年、穏やかな辺野古の浜に孫を連れた老人が、昔ここでこんなたたかいあった、と語るはずの民話がつまっている。」
 私も、孫のいる老人だが、まだ、「昔、民話」をかたれない。辺野古でも高江でも、沖縄非暴力は実践として豊かにする課題を、いまだ成し遂げていない。
 闘い、語り、実践の辺野古である。
 (船を買ったのは04年ではなく、02年であり、04年は平和丸のことであろう)

 私は、沖縄1千年史の中で、沖縄民衆が蓄積してきた非暴力が「ちから」であること、実践とともに語り継ぐことが、私の仕事だと思っている。
 私の教師としての仕事も「平和の文化」であったし、今も、わが人生である。この夏、高校生に「平和の文化」語る日程が詰まっている。

平和生存権
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

県内高校
  総合学習
 県内I高校の平和総合学習400人、3班にわたって辺野古浜、那覇ではアセス裁判、私は午後から二つの班を受け持ちました。ガイドがしっかりしたみなさん。私は辺野古の闘いの心を話した。

 みなさんが、お母さんのオッパイ飲んでいたころから(保育園?)、私たちは「すわり込」をしています。
 今は、沖縄県知事も辺野古移設、県内移設に反対しています。
DSC09677.jpg

 テント村も訪問
  溢れました。
 テント村の座り込みは、2643日、7年になります。
 「地球サミット知っている人」
  「生物多様性保全条約?」
  「ラムサール条約?」
 など、高校の教科書に出てくる用語と辺野古の歴史を述べ、平和の文化、沖縄非暴力の抵抗、沖縄民主主義の確立と日米政府などを述べました。
DSC09703.jpg
 
 午後2時
 海岸は風が止まり、焼け付く熱さでした。
 暑い日も、寒い日も、嵐の日も、
 辺野古は必ず勝つ、沖縄の高校生が輝くとき、沖縄はさらに輝く、歴史の中の高校生、21世紀を担う高校生と沖縄のチムグクルを共にしよう。

DSC09684.jpg
DSC09686.jpg

 (平和の文化、沖縄チムグクル15日、辺野古)
名護市情報
 王国時代から名護市は沖縄の3代米産地でした。復活します。QABニュースから。
 ちなみに、基地誘致以前、名護市の農業所得約90億でしたが、50億まで下がりました。沖縄の農業は国の農業政策などに翻弄されてきました。
名護市にライスセンター完成


スポンサーサイト

非公開コメント

辺野古訪問のI高校とC高校(共に県立)高校野球県大会決勝進出/地熱発電の現場

*高校野球県大会準決勝/今年は、県立高校同士の決勝へ。
今日の「宝の海」、決勝進出したI高校が辺野古訪問の記事。去年も決勝に残りましたね。そして、同じ時期、辺野古を訪れています、総合学習の一環として。あるクラスには今年ドラフトでプロ入りしたピッチャーと、キャッチャーが乗っていたと聞きました。当たり前のことながら、かれらにとっても現場を見る事は大事だと思います。先生方の姿勢もすばらしい、と思うのです。おそらく、昨日も野球部参加していたと思います。今年の県代表、去年の興南につづけ!

*自然エネルギーとしての地熱発電
<昨日のブログから>
YAHOO-クローズアップ
  改めて読むー誰でも目にしているはずだ、
日本の技術力ー何でこうなの????政治力
 学生のいない原子力科学と、いじめー日本
   誰が事故、責任持つー日本の未来は
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110712-00000000-toyo-bus_all
 日本の技術で地熱発電ーアイスランド
地熱発電に沸くアイスランド 支えるのは日本の技術力

★医療生協の組合員研修・交流会が宮崎県で開催された(7/13~14)ので、沖縄医療生協の支部代表として派遣されました。たいへん勉強になりました。宮崎は、去年口蹄疫で30万頭の牛がと殺され、埋められました。毎年開催されている組合員研修会ですが、去年宮崎の仲間たちは、大分大会に1人も参加できない状態。そして、1月、霧島連山新燃岳噴火という被害にも見舞われ、たいへんな年明けでもありました。そんななか、今年は開催県として、私たちをあたたかく迎えていただきました。感謝です。
 宮崎での研修後、私たち沖縄のメンバーは、宮崎県綾町を巡り、霧島温泉で一泊しました。そこで見たのが、自然エネルギーとしての地熱発電です。このホテルは、3.11震災と原発事故後、各メディアから注目されていて、近々、日経と産経も取材にくるようです。発電設備見学をお願いしていたので、沖縄へ帰る日の朝、ホテルの担当者に案内していただきました。
担当者によると、設備費用7000万円(補助金2000万)。ホテル全体の電力を賄うわけではないが、年間電力使用料金の25%は賄っているとのことでした。個人の住宅だとおおよそ30軒分。やらせメールで、稼働再開を狙う原発企業が九州にありますが、地域にある自然エネルギーを利用することで、電気はまかなえる。危険をもたらす原発企業はもう要らない。大規模化する必要もないのでは?と思ったしだい。
産経新聞の記事にもあるように、もともと技術もあるのだから活かさない手はない。エネルギーの無駄遣いを見直し、持続可能な社会をつくっていくうえでも、原発を捨てる道に進むべき。アキカン首相の脱原発発言、どこまで本気かわかりませんが、後戻りできない段階に来ているのでしょう。経団連米倉氏、テーブル叩いてキレたそうですが、悪あがきは止めなさい!見苦しい。
宮崎県綾町ー短い滞在時間でしたが、風土を活かした町づくり、沖縄が学ぶべきところ大いにあり、と実感できました。
今回、地方議員も6人参加していましたので、議員のみなさんも学ぶところがいろいろあったようです。
7/16(土)

糸満高校甲子園初出場!

糸満高校が見事甲子園初出場の切符を手にしました。快挙です。
2-1歳後まで緊迫した、見応えのある決勝戦でした。
ピッチャーは、三和中出身山城君。冷静沈着。
三和中学のある地域は、さる沖縄戦で人口激減した地域。三和中学の先生たちは、戦場になった地域の学校として、平和学習・フィールドワークとりくんでいるそうです。

15日(金)、糸高生が辺野古訪問しました。学校の総合学習として。

沖縄の高校生が輝くとき、沖縄はさらに輝く、歴史の中の高校生、21世紀を担う高校生と沖縄のチムグクルを共にしよう。

甲子園でも、チムグクルを大事に、活躍してほしい。興南に続け!
プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。