スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

再編成「見直し」ー社民環境大臣はない

パソコン音痴の
  ドウマングイ(大慌て)

 この2・3日、ブログがアマハイクマハイ(順序が飛んで逆なっている)、下書きの操作ミス。戻す技術がない。
 05年米軍再編成は「2プラス2」(日米外務・防衛閣僚級)などの用語生み出し、在京マスメデイアは意識的に「日米同盟の未来」「日米同盟ロードマップ」を米軍再編成と書き日米の当然の姿とした。
 日経社説は07年5月自衛艦、海上保安庁巡視艇4隻、ゴムボート10隻、汀間漁港に30人で出港停止、ジャケットが規格でないなど嘘をついた。
小泉の「辺野古見直し」、小泉首相の人間性が「痛みの押しつけ」で、すでに、「辺野古内見直し」、
 現在、国民は国民の力で動かせることをやっと自覚し始めている。「第3の見直し」日米同盟基軸を柱にして「米軍再編成見直し」、辺野古でも、嘉手納でも、どこでも、包含する見直しである。
日米同盟基軸では福島の環境大臣はない。連立合意以前に、もし、社民党の環境大臣書いたことがある。環境大臣はとても政治的重要性がある。辺野古アセスとCOP10開催である。
 人民敗北史観が日本近代史の論調、でも、辺野古は人民は勝つの歴史の積み上げ、敗北もありながら市民投票、軍民共用空港、V字型新基地のマチブイは日本の政治の根幹に迫った。
 この間、いくつかの国際会議にでた。パソコンには沖縄戦後、基地、辺野古アクション、辺野古の生物多様性などパワーポイント作成、CDにして配布は500を超える。追記編集で掲載する。
 これらは日本の友人たちのカンパでできている。
 死んだサンゴは
  新サンゴの命である。

IMG_0003_20090914074530.jpg
 西那覇防衛局長   
死んだサンゴだ
  05年、西那覇防衛局長、サンゴ礁破壊で「死んだサンゴ」と開き直った。県議会で生命観問われた。
IMG_0004_20090914074556.jpg
 海にお花が咲いている
IMG_0005_20090914074613.jpg
ヘリ基地反対協議会HPリンクから
  辺野古情報共有を
   「おおかな通信」「二見10区」「宝の海」
   アンデスの高原ー赤道直下キトから報告  
     国際反基地ネットワーク結成総会
 07年3月、沖縄はから高里鈴代、安次富浩(反対協)、平良夏芽(平和市民)、大西照雄(反対協)が行った。私の旅費は県内の友人たちのカンパ。A3の英語、スペイン語のビラ1000枚、IUCN勧告(英文)、発言用英文100枚、COなど結構重い。
 沖縄県平和委員会には「エクアドル通信」を送った。5月には自衛艦投入が待っていた。
 歴史を振り返るために2日間掲載する。

エクアドル通信 NO1 3月6日 エクアドル キト市
アメリカの<怯え>4日、4時30分、成田を発つ。4日夜11時、キト市ヒルトンホテル着(時差)、アトランタの入国管理で時間を食い、走る、おまけに、ゲート変更でまた走る。アメリカの<怯え>を体験、飛行機1時間遅れた。
 5日朝7:30から行動開始、カトリック大学で開会集会、平和委員会のブース設営、写真入りの横断幕(90cm×5m)は大会のシンボルになる。写真集、チラシは約20キロ、空気薄く息切れする。開会総会に参加、イヤーホンでブースでも聞こえるので、ビラ配り、写真説明、中南米の青年たちと話をする。参加者、学生に勤めてビラを配り、校内を歩くと挨拶する人も出る。ビラをもらうとき「ありがとう」と声を出す。
 キト市長が世界遺産の旧市街地を案内する連絡で日程変更、ガイドは女子警官、スペインの街並み、サン・フランシスコ教会で歓迎式、アルハンブラ宮殿庭園に似たミニ庭で歓迎会、先住民の舞踊あり、スペイン植民地時代の、インディォの血の叫びが聞こえてくる、教会と街並み。夕食が出ると聞いていたが出たのは牛肉のつまみであった。ホテルのレストランで遅い夕食。環境分科会での発言翌日になった。初めて、英語のスピーチ、スペインの通訳迷った。新婦人の平野国際部長を苦労させた。恥じも、次の発展への肥やしだ。平野さんありがとう。
設立大会の議論
分科会後、戦略会議に入り、全体会、分科会と繰り返す。外国軍隊基地撤去ネットワークの基本論議である。ラテンアメリカからは「帝国主義・グローバリズム反対」、EUからはNATOと自国軍隊、太平洋(グアム、ハワイ)の「独立」の問題など多様であった。中東からは参加がないが問題指摘、ここでの一致点を求める。全体会、分科会機会を見つけて、沖縄の現状を報告した。
 
第二は、組織論である。世界の運動体の中軸(連合体)、協議体(緩やかなネットワーク)とするか。運動体でマンタ、キューバの」グアンタモナ基地を焦点に当てて国際的闘う。ブッシュとチャべスが南米外交の中、南米の帝国主義論など理解はできる。04年の世界社会フォーラムからの発展の到達問題、ネットワークが社会フォーラム化する焦点がぼける。世界平和フォーラムでは消極姿勢であった反省を生かして積極的に発言の機会を獲得した。
 私は辺野古の闘いに触れ、新基地作らさない1点で団結、安保を認める組織も、認めない組織も、現在ある基地を認める団体も「新たな基地は作らさない」で団結し、不一致点はそれぞれの団体の行動を保障する協議体である。多様性に満ちた世界の現状の中で、反基地の方針のもと、自国、地域の問題を結合して、主体的行動と支援、連帯を強めること「内政干渉的」な方針ではなく、それぞれの地域、自国の実践を高め共有し、共同の輪を作ることではないか。辺野古には国際的なNGO、個人が支援してくれた、私たちは「完全非暴力」の方針の承認を求めて共同している。10時。
スポンサーサイト

非公開コメント

プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。