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宮崎県綾町からメール

 

 台風6号力を弱めた模様、やれやれ・・・・・日本の東と北の高気圧に挟まれた。

「2プラス2」絶対者との闘い
  「二つの安全神話」からの決別を!

 ハトとカンの手法は同じ
 カン首相は13日「将来的には原発が無くてもやっていける社会」と発言、民主・自公勢力、官学財界、メデイア一体となって、大騒ぎしています。

 何のことは、ありません。ハトが「国外・県外移転」と騒いで、安保絶対化勢力を結集させた手法と同じではありませんか。
 「2プラス2」は、安保絶対化と原子力のより安全性を柱に約束した。すぐ、玄海原発の稼働を急いだ、脱原発運動とやらせメールで暗礁に乗り上げた。
 カン首相の記者会見、国会での「わたくし論」が、出てくる。
 ハトの「方便」と同じではないか。

 カンと安保・原発安全神話勢力の「ヤラセ」と見るほうが無難ではないか。これを「喧嘩劇場」と05年日米合意=米軍再編成以来、指摘している。自公・民主の対立描き、政治勢力としては、安保深化勢力を国会の3分の2勢力まで占めている。

 安保・原発勢力は安保・原発一体化論に立っている。国民の運動は「二つの安全神話」統一していないと思うのです。

 思うのです。50年代、60年代の運動、安保条約とサンフランシスコ条約が統一した運動になりませんでした。また、現在、憲法と沖縄が統一的運動になりにくい状況がありました。
 憲法と安保・原発の根は同根だと思います。

 「2プラス2」は、安保深化と原発が一体であることは、明白です。
 小泉元首相は「辺野古見直し」を説き、再編成で辺野古に回帰、ハトもカンも同じ道を歩んだ。今、国民の脱原発を説いて、ゲーツの日本の「義務」に沿って、原発推進派が「団結」始まっています。
 日本の国の根幹を問う、政治進路を問う、ジャーナリズム、国民の運動、大きな矛盾、選択が始まったと思うのです。
「宝の海」は、いつも、ジャーナリズムもメデイアに対して批判を行うのです。辺野古は「第4の権力」との闘いでもあるのですと。


 脱安保も
  脱原発も可能
 行って観たい町ー宮崎県綾町
 16日、「宝の海」は、日本の大学、原子物理学、応用学の学生減り、アイスランドでは日本の地熱技術を取り寄せていること書きました。

 九州を出張の友人がメールを送ってくれました。宮崎県綾町からでした。
 泊まったホテル、25パセント地熱発電のようです。私、一度は行って観たい町です。照葉樹林の街です。

 共同通信が「元気のある自治体番付表」(2000年?)で横綱と報道した町、現職の頃、住民自治で教材にした町、宮崎と沖縄、深い「因縁」(?)、宮崎は沖縄からいくつか『盗』でいます。果樹です。沖縄は、宮崎から新婚さん「盗み」、巨人軍「盗」もうとしています。

 沖縄の森は照葉樹林、宮崎(綾町)は照葉樹林を回復し、照葉樹林ブランド売り出しています。沖縄の照葉樹林は米海兵隊訓練基地、友人のメールは、自然の猛威に挑戦する姿、自然エネルギーを強調していた。
 海兵隊基地は風力の宝庫、火山爆発、牛の伝染病に打ち勝とうとする宮崎綾町の努力から「盗む」ものないかと考えるのです。
 東国原知事は宮崎ブランドの広告塔を狙い、牛の疫病、火山に見舞われると撤退。いい加減です。

 沖縄は安保と言う「壁」があります。原発も安保と言う壁、自然災害は克服できます。地震・台風などの自然災害は、日本列島の歴史だと思います。
政治のもたらす壁は、日本沈没をもたらしています。
 すでに、福島だけではなく、夏の海水浴もできない、ニュースは新潟まで汚染、日本の牛肉が食べれない、秋になればお米の収穫です。関東だけではなく、母親たちが飲む水で悩んでいる日本列島。母親たちが悲鳴あげる日本、生命の根源海もか。

核依存のアメリカ追従から脱却し、日本列島の自然環境をとり戻すことだ、この多様に満ちた日本は、安保神話、原発神話と決別する日本国民の知恵、知性、勇気が求められていると思うのです。

「思いやり予算・米軍維持費を被災地に!」
 「原発から自然エネルギーへの転換を!」
「アメリカからの自立を!」

 サッカーWカップ
  日本アメリカ破り優勝、粘りの勝利、

沖縄タイムス
 ウェッブ議員、計画変更求める
 琉球新報
ジュゴンTシャツ地域の新名物に 与那城小5年生企画・販売

【イギリス】「沖縄デー」に8千人 文化紹介、郷土料理が人気
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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