スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イモの主食化と沖縄の里山



 お知らせ
高江ヘリパッド(オスプレイ離発着訓練場)建設反対7.31集会
日時:7月31日(日) 14:00から
会場:東村高江区公民館
内容:①集会(各団体からの挨拶を予定しています)
   ②記者会見
主催:ヘリパッドいらない住民の会


沖縄に「里山」はあるか?
 私の書斎から眺めた名護市郊外の風景である。旧名護町と旧羽地村の境界に近い。私の家は40年前まで、棚田と棚畑が複合した地で、森は頂上まで棚畑が天に上るようであった。
 現在は、5月になると森はイジュの花で白く染まる。(下記写真)

イジュの花は琉球古典音楽に読まれる代表的な花である。村の古謡の伊集の花。

 あぬ伊集ぬ花や
   ましら花 さつい
 わみん いじゅやとて
   ましらばな さかな
  (イジュの花は、真白に咲く、わたしもイジュのように咲きたいものだ?)
  (奥間臼太鼓9「イジュの木」)
DSC09715.jpg
(書斎から見る森は・・・)
 イジュの木は中南部の土壌には基本的に生えない。イジュはの花は沖縄の植物群を南北に識別する指標の一つである。山を開発するとイジュはいち早く生える。沖縄自動車道を見ればすぐ気が付くことである。

 イモと琉球の「里山」(1)
  森を荒廃させる?

 1605年、イモが伝来し、薩摩支配の17世紀中期には沖縄中で栽培される。イモは痩せ地にも育ち干ばつにも強い。森は御願所を残し開墾される。名護湾から辺戸岬まで海岸線は天まで棚畑になる。岩場はソテツの畑となってゆく。

 写真のアパートと森の間に「旧県道、軍用道路1号線、旧国道58号線」をバスが走っていた。1960年代まで、棚田、棚畑があり、森にはイジュの木が傘を逆にしたように森を作り、竹林、スルガー(モッコ編む繊維の木)、チャーギ、バナナ、キヤッサバ、パパヤなどが民家を包み、山には段々畑が連なっていた。段々畑には豆、麦も植えられていた。山の湿地帯には山田もあった。

現在、沖縄の里山は住宅地と森に代わった。里山であった地と本来の森を見分ける指標は、椎の樹と猪垣根であろう。植物群が違うのである。
 沖縄の里山というべき風景の残る地であった。イモを主食とする生産形態は、里山的沖縄原風景を生み出し、琉球王国の食文化の変わり、それは、また琉球王国が矛盾も深まってゆく家庭でもあったであろう。
 

  古謡である。国頭の山から御材木(主に樫王府へ代表的古謡的舞・芝居は「国頭サバクイ」、最後に紹介)が運ばれる古謡、都市化する那覇の材木(イジュ?)などであろうが、薪も含むであろう。森の農地化は中南部地域の薪の欠乏をもたらし深刻な政治の問題でもあった。国頭地方と中南部には「山原船」が頻繁に運行された。

  はり北風ぬ ふかばどんせ
   北風ぬふかば
   えーふにや ひきうるち
   ちなや がずり
 (北風が吹きました。船は降ろして、縄も外して船出か)
    (奥間臼太鼓―虎頭山節、那覇への船出か)
 
 国頭の森の農家は、薪の宝庫だが、その国頭の農家の台所の薪が燃えないのである。「雨降れば」となっているが、雨のせいではないであろう。

雨降りば かしじぬたむんやむいらんど・・・
ぞーしちあんま哀り しゅらどうや
 (雨が降れば、運んできた薪は燃えない。炊事場のおかーさん哀りしている)
 (奥間臼太鼓―クヌ木や)

イモは農家の主食となってゆく、イモは生産活動、食生活、ヤンバルの生活にどのような変化をもたらすか、少年期の原風景含めてみたい。次は(3)とする。
スポンサーサイト

非公開コメント

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。