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イモと豚ー琉球食文化

沖縄は1日2回スコールが降っています。熱いです。バシー海峡東南に低気圧発生です。

 ナデシコ、『姫ユリ」「原発」
カン首相は同窓会やいたるところで、ナデシコJを持ち出して、権力執着に利用している。スポーツ予算を仕分けしたのは蓮舫、科学技術2番発言など、スポーツ予算減らしたのは誰だ。「あんたがた」使う言葉か。
金口木舌

 沖縄の「姫百合」(ここでは沖縄の女子ゴルフアー)も頑張っています。
  (続きに、藍ちゃんのゴルフレンジ登場します)
宮里藍、単独首位で最終ラウンドへ

 無知な日本に「原発」を
  アイゼンハワーは、アメリカ議会の沖縄調査(プライス調査団)を受けて、沖縄を「永久核基地」(1956)をした。本土では原発売り込みを画策、学者を米留学させた。沖縄「米留学」時代である。
 1956年、沖縄は基地反対の島ぐるみの闘い、1960年アイク来沖、民衆の抗議受け米民政府裏口から逃げた。

グアム移転費全額削除 米上院本会議
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-07-22_20867/
2009年3月、中曽根外相とクリントン国務長官の間で結ばれた協定。約100億ドルのうち、日本が60億負担で、クリントンをスマート(賢い・欲張りおばさんと評した)叔母さんと書いた。。
 本協定は日本では議会批准事項だが、アメリカは批准を要しない。クリントンは欲張りおばさんだからグワム移転費の膨れる予算を日本にせびってきた。メアの「タカリ」を実行した。
 協定は日本の国会も縛る。アメリカは縛られない。当初から矛盾は内包していた。アメリカは「普天間居座り」と現実的辺野古進展を「政府」と議会が「劇場喧嘩」をしながら、実務的には自衛隊と米軍の一体化を進め、既成事実による軍事強化で「普天間包囲網」を築いている。と。見るべきであろう。

 基地と地レジ
米軍機による受信障害対策 間に合わず


平和新聞の「宝の海」
 「宝の海はブログ日記と「平和新聞」コラム「宝の海)(月3回23回)を書いている。
無題


 非暴力の力を高江へ
 6月21日、「2プラス2」共同声明は、日米合意「辺野古V字計画」による日米同盟深化に、原子力の「最高水準の安全を促進」を新たにあげた。ゲーツは共同記者会見で「来年の間に具体的進展が得られることの重要性」と、日本の義務の履行を求めた。
 まず、声明で新に動いたのは、「新原発安全神話」、点検などで休んでいた原発の再稼働を急いだが、脱原発の国民世論、「やらせメール」で国民の総批判を受けている。
 声明以来、カン首相・北沢防衛大臣はトモダチ作戦など誇大に描いて「安保安全」「米軍安全」を繰り返している。民主党政権の閣僚の「負担軽減」「安全」は、負担増、危険という言葉に聞こえてくる。閣僚の「丁寧にお願い、説明はする」は、聞く耳持ちませんということである。
 6月10日、前原(前外務―民主党」)、中谷(元防衛―自民党)、佐藤(公明)議員らが
議員連盟立ち上げ、超党派と名乗って来沖した。「どの政党になっても日米合意」とアメリカに忠誠を表明、佐藤議員に至っては「一歩でも2歩でも前進させる道筋をつける事大事」、「前原並みに情熱と熱意をもって取り組む方が首相になれば自民も公明もサポートする」と言う。民主党は沖縄ビジョンで政権にありついた。民自公は沖縄利用して大連立政権を狙う。
「2プラス2」は、声明ではありますが、日本列島縦断要塞基地を狙って具体的な基地の機能強化を挙げている。たとえば、オスプレイの配備、運用は沖縄に限定されるものではなく日本列島全域に運用される。沖縄タイムス12日報道では、生物環境調査に「岩国、東富士」も入っている。声明は、ゲーツの要求に忠実に、辺野古アセスの進展を求め、既成事実として高江ヘリパットの早期建設をもくろみ、高江は24時間座り込み監視体制に入った。24時間座り込みは、すでに、辺野古で試練に耐え、勝利を生んだ実績を持ち、沖縄の66年の蓄積があり、平和的生存権を樹立する柱の一つである。晴れの日も、雨荒らしの日も、暑い日も、木枯らしの日も、沖縄非暴力の力を高江に、今!
 イモは歴史を変え(3)
  人類の「人口爆発」を起こす
 ジャガイモ、トウモロコシ、アンデスの野菜は、西洋の人口爆発を起こす。
沖縄料理の特徴は、豚と山羊料理である。なぜ、古琉球に豚山羊が見えないのか。
 ウンジャミに供えられるものに豚肉がある。クエ―ナの舞にイノシシ狩りがある。肉は豚ではなくイノシシであったろうと思う。
 朝鮮人が与那国に漂流し、いくつかの島を経由して那覇・首里に滞在し尚真王の行列など見ている。「朝鮮人漂流記「李朝実録」1479年3ヶ月滞在)を見ると、牛・馬・鶏は見えるが豚とヤギは不思議に見えないのだ。豚や山羊の家畜化は、マキヨ時代、琉球王国統一期には、まだ、家畜化されてい無かったであろうか。。
 古謡にも見えない。
DSC09723.jpg

(わが隣組のヤギ小屋、後期高齢者の「サッミト」会場)

 人間の糞で養う豚
   「ウワーフル」(便所と豚小屋」
イモの普及は、家畜としての豚、山羊の飼育を可能にする。イモの栽培は水のない砂地の農地化(地割制)、森を開墾して天に伸びる段々畑へと変貌していったのであろう。

 同時期に甘蔗(キビ・ウコンー=王府への租税、地域によっては強制栽培)などの栽培は、さらに、開墾に拍車をかけたであろう。イモ屑、イモの根、茎、葉は豚やヤギの大好物である。

 石積みで豚小屋を作り、便所と一体で人の糞を豚が競って食べた「ウワーフル」である。ウワーフル(豚小屋)北部や離島に「遺跡」として残っている。
 便所に座ると豚が口を開け競って待っている。ユウナの葉が尻ふきだから、それも、豚か食べる。ユーナの葉は、緑肥、トイレトペーパー、家畜の飼料、シチビ(祝い事)の皿にもなった利用価値の高い貴重な木であった。
 イモやキャサバの普及は、廃棄されるイモ屑、ヒームシ(イモゾウリムシ)に侵された不良品を豚の飼料とする。同時期は、ナンクワン(カボチャ)、ウリ類、葉野菜フダンソウ(現在アルゼンチンフダンソウが人気)、ミースナバーなどがもたらされたと推測され、人間の野菜あるとともに、また、残飯に混ぜて、豚の資料であったと思われる。
 (ナンクワンは水気があり柔らかく、20kgの巨大になる。現在のカボチャと違う)
 
 農産物の多様化、農地の飛躍的拡大は、肥料の絶対的不足を生み出す。特に、稲の緑肥料は深刻で垣根にブッソウゲ、ユーナ、想思綬樹など植えた。

DSC09725.jpg
 (サミット会場から見る、里山の小さな森、手前にイモ、想思樹が伸び放題、宮里藍のゴルフレンジ)

 子供の労働化
  子供の遊び
 子どもの遊びは、自然とともにであった。里山に木の実(野イチゴ、グミ、ヤマモモなどなど)を求め、また、トリモチでガジマルに群れるメジロ捕って、て遊んでいた。

 川、用水路、小川、田んぼにはフナが湧き出ていた。小さな小川にもカニ、エビが群れていた。カニやエビは夕食のジューシーメになる。
 川や田んぼなどで捕ったフナ、殿様ガエルは残飯ともに豚の餌、または、カエルはバッタともに庭を住家としている鶏に生きたまま与え、鶏と遊び夕食を待った。

 子供たちは自然との冒険を遊びとしていた。イジュの木の川を剥いで石で砕き(ササ=毒である)、里山を流れる村の小川に流しウナギやカニ、エビ(タナガー)、セー(小さなエビ)、ウナギ、川ハゼなど一杯捕って仲間と分け合ったであろう。小川の村の近くにイモの蔓を一杯積んで毒を吸い取らすことも、ガキ大将からすべて受け継いでいたであろう。

 子どもたちは、バーキやオラー(モッコ=スルガーの繊維で編む)に堆肥を入れ、段々畑に運ぶ、帰りに畑の土手、田んぼの畔を刈り、山羊小屋とフールヤーに入れる。子どもが家族労働の重要な一員となる。

 それでも、慢性的な土壌の疲弊は深刻であったであろう。イモ畑にはソラマメが植えられ(根粒菌)、田の緑肥として盛んに植えられ、連作障害に麦・豆・ウコンなどが栽培などが見られたと思う。
 地方においても、味噌の文化が可能になる。少年の記憶では、ソラマメを味噌の原料にしていた。
 ワーフル、ヤギ小屋は堆肥生産工場の役割を果たす。

 農家にとって豚は
   恒常的な脂肪摂取・タンパク質の保存
 史実に寄れば、琉球王府は冊封使、薩摩の役人歓待のために豚肉を中心に、ターウム、豆腐窯など宮廷料理を生み出し、甘蔗の強制的栽培と豚の飼育を奨励したといわれる。首里・那覇などのユッカチュー(王族、氏族、富裕総)は、色町のチージ[辻]でも宮廷的食文化をむさぼったであろう。現在は、ワーフルは遺跡と残っているけれども、多くの家庭の一般的な屋敷形態あったと思われる。

 農業の多様化は、労働の強化をもたらす。山奥から御材木、薪を運ぶ労働は脂肪の欠乏をもたらす。農民にとって豚やヤギの油は生命維持にとっても欠かせない。油をとり、ミミチブ(アンダチブ)に保存。油の抜いたアンダカシ(油かす)は塩をふってムイゾウキ(竹の籠)に保存し夜のジューシメーとなる。

 共同体の神ウガンは、ウマチー、シーミー、お盆、ウンジャミ、8月踊りなど少なくない。豚肉の供えは欠かせない1品である。豚は王府への貢納、生活用品を買う貴重な生産物であったかもしれない。神御願神事に部落で潰したであろう。
 家の棟あげ、完成にはヒージャー料理は「ヌチグスイ」(命の薬)と言う。
 豚飼育、一匹はショウグアチウワー(正月に潰す豚)として飼われた。
 
 正月(旧)には、一家、あるいは隣と共同して1匹を潰すショウガチワーで、大晦日は、村中で豚の鳴き声が木霊した。日頃から農家は「飢え」の状態ですから、いきなり、大量脂肪とタンパク質料理は、胃腸が受け付けず「クスビリー」(消化不良で下痢)する。豚の膀胱は毬になり、子どもたちの体は油にまみれる。

 内臓以外は大きな味噌甕に塩漬けされ、小学校入学式(4月)ごろまで保存、そのころになると、白い蛆虫が湧くが、これがまた、絶妙な美味である。

 塩辛文化である。旧暦の6月1日になるとスクの塩辛、秋にはイカの塩辛、この塩辛でイモを食べると喉からスート落ちる。
 西洋では、胡椒が、タンパク質と脂肪保存に大きな役割果たす。沖縄のタンパク質保存食には、胡椒は使われない。コーレグスイはかなりあとであろう。
 国頭地方で塩田が盛んになる。鏡地の塩は、物々交換で売買された。沖縄の陶器の隆盛をイモと関連させてみるのは無謀か。琉球王国期に生産された壺など、ベトナム帰還兵が買いあさったことは(1)で述べている。

DSC09770.jpg
(我が家玄関の味噌甕(17世紀ごろ?)、隣大嶺実清1号釜ダチビン(1971年)
 里山の歴史は
 ネズミ・イノシシとの闘い(次回)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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