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04年4月18日、二人の誓いーともに勝利を!

    新基地建設・高江ヘリパット建設反対県民集会
       8月18日(土) 6時
            県民広場

 泡瀬勝利は近い
沖縄のダイバーの誇り
   アセス制度をなんだと・・・
 
 今、辺野古では基地建設供用後の予備調査として海域生物調査が行われています。多くのダイバーがかかわっています。アセス法の制定に大きくかかわった千葉大学倉坂教授はアセス審査会の質問に「アセス制度をなんと思っているか」と答えています。
 07年5月、事前調査が行われました。私たちは「違法調査をやめろ」と求めました。ダイバーは「われわれは海のプロ、ド素人が口出しするな」など軽蔑の言葉を投げつけられました。
 プロのダイバーたちの調査報告で作成された準備書はアセス審査会でさんざんの比範囲さらされています。私たちの調査員ダイバーは、延べにしてみなさんの1000分の1にすぎません。
 ですが、絶滅危惧種に指定されたアオサンゴ群落、ハマサンゴ群落を発見、公開したのは、私たちであり、準備書はやむなく追認しました。その他・・・・・。
 ジュゴンと刺し網についても、みなさんの虚偽の報告、ジュゴン事故の可能性について皆さんの調査報告は漁師の責任にされています。もし、みなさんの調査結果が改ざんされているならプロとして告発すべきです。
 私は生物について素人です。アジサシについても皆さんが報告しているものと認識します。アジサシは環境要因で集団放卵、子育て放棄をすることはサイト上でも知ることができます。
辺野古でも、屋我地内海でも、生息地変化することは私の観察でも明らかです。
 ダイバーのみなさん。アジサシは「沖縄に繁殖に来ます」、でしたら、繁殖している事実、どの時期に夫婦になり、卵を産み、ヒナが孵り、成鳥になるかの記録は大事ではありませんか。
 04年の辺野古アジサシ417羽、04年沖縄上陸、接近台風13個、05年ヤグラに小魚群れ、アジサシ減少、今年、完全回復、みなさんが上陸して調査した場所はゼロ。
 複数年調査の必要はジュゴンだけではありません。みなさんの報告では調査の必要なしの報告になっているのでしょうか。(8月ブログ観察報告)
 ジュゴン含め、藻場、潮流変化、砂の移動などアセス審査会はみなさんの調査結果に疑問を投げかけています。
 「海のプロ」ダイバーが、いかなるものか問われてきました。

沖縄は永田町・霞が関を揺るがす。
   ダイバーよ21世紀の地球人になれ
 泡瀬「中断、中止」

 カミさん、空港に送る。出版社による。少し話し込んだ。夜、泡瀬干潟前川さんよりメール、「泡瀬1次中断、2次中止」。(17日夜9時)、友人、知人に連絡。新聞社も確かめる。
 前川氏同じ18年生、03年定年退職、私は04年、現職時代、全国高校生平和ゼミナールを沖縄で2年連続開催、高教組中部支部平和教育部長、交互に行ってきた。
 
第2の人生への誓いの日 
04年4月18日、泡瀬で人文字のイベントがあった。重大な情報がもたらされた。情報の正確な確認を確かめ、辺野古に指令を出す。一睡もしないで体制確立。
 4月19日、暁の攻防になる。そして、座り込み2000日。泡瀬干潟での情報、辺野古の闘いに大きな意味をもった。19日の初戦勝利は、市民投票の勝利に次ぐもので、敗北も次の勝利を展望する力になっている。もし、泡瀬のイベントがなければ・・・・・・・。

 前川氏は泡瀬、私は辺野古、勝利への誓いをした。第2の人生のスタート、泡瀬は第1審勝利、17日、夜9時前の知らせである。メール前にして涙がこぼれてきた。
 04年4月18日の干潟での誓い。
 泡瀬も辺野古もダイバーたちの調査に基づいて事業計画が進められる。私のビデオ、カメラにはこれらのダイバーたちの個人写真がすべて入っている。ダイバーたちが取ったので対抗措置として取ってある。
 これ以上、自然環境破壊の嘘データー作り上げると沖縄のダイバーの名誉の問題であろう。
 8月下旬のブログで南の熱帯低気圧、10月首都に上陸と書いたが、台風はスピードを上げ、東京湾に上陸を速めた。

bd okinawa メールで
前川さん。勝利は近いですねー。
 
 04年4月18日、泡瀬干潟でともに勝利を誓い、この日の干潟で得られた情報は、翌19日の暁の攻防の持つ意味、あなたからのメール報告とともに連帯行動の持つ確かさをかみしめています。、現職時代の平和教育など、ともにたたかったことも回想し、涙が湧き出てきました。沖縄関係4閣僚の情報分析中。辺野古も続きます。故郷、奥間川ダムの撤退に次ぐニュースで、高江・辺野古も続きます。
  大西 照雄
そして、みんなが泡瀬の粘りにどのようなコメント出すか24時まで待っていた。私の投稿もストップ、一人もコメントなかった。さびしく寝た。
 

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 9・18県民集会
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  85歳嘉陽夫婦も辺野古から
    みなさん続きませんか

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 南の風はすべてのエネルギー吸収して台風となて永田町に嵐となって押し寄せる 
  9月29日
    教科書検定県民集会 
 

http://「基地」手腕に注目 新政権と沖縄2009年9月17日

連立新内閣
 沖縄の新聞
  ヘリ基地反対協から「おおかな通信から入ってください」



過去から何を・・
この欄は「再編成見直し」の連立政権の成立の中で
 米軍再編成合意期に戻って(過去を見つめて、現在を見るために)


エクアドル通信 NO4 設立大会宣言草案、追伸

追記
トランシーバーをつけて、平和委員会ブースでエクアドルの若者、大学生、参加者を呼び込んで、写真集などで会話をする。絵は言葉の違いを越えて、心の言葉が生まれる。ブラジルのブースとは「沖縄・ブラジルハウス」と名前をつけ、兄弟と呼び合った。青年の目が生きている。
 日本平和委員会の通訳スタッフは英語、スペイン語とすごい働きだ。恐ろしい働きをしている。このようなスタッフを持ったネットワークは多くはないであろう。実感。

日本関する特別決議

沖縄にも エクアドルにも米軍基地は要らない(市民集会挨拶)
            ヘリ基地反対協議会  大西 照雄
(こんにちは)
国際女性デーおめでとうございます。
 新自由主義に反対、米軍基地の撤去をめざすエクアドル国民に連帯の挨拶を送ります。
私は太平洋の西に浮かぶ沖縄列島から来ました。

 沖縄県の中心沖縄島は、東西約10km、南北約120kmの小さな島で120万人が住んでいます。沖縄県は東洋最大の米軍基地集中、米軍の出撃基地となっています。沖縄諸島は熱帯・亜熱帯、温帯が複合した、サンゴ礁とラグーンに囲まれた自然豊な島です。エクアドルの美しい自然に例えて「東洋のガラパゴス」と呼ばれています。

私は1943年、沖縄で生まれ育ちました。沖縄は第二次世界大戦、日米最後の地上戦が行なわれ、米軍は沖縄県民を収容所に押し込め、土地を強奪して沖縄を米軍基地の島にしました。私の60年余の人生は米軍基地との闘いの歴史であります。

私は高校教師の道を歩み、アメリカの軍事植民地支配に抵抗する青年の教育に情熱を注いできました。
エクアドルに来ての第一の感想は、大会の成功のために多くの青年が参加して大会の運営の中心にいることです。男性の目は楽天的で理性に輝き、女性の瞳は情熱的に深く澄み、美しいく輝いている。この輝く青年の目はエクアドルの明日の社会を築く宝だ。
沖縄米軍基地は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と世界の人民を殺戮する出撃基地です。私たちは被害者にも加害者にもなることを拒否し「基地も核もない平和な島沖縄」をめざし、闘い続けています。

現在、私は沖縄県名護市辺野古の海を埋め立て、海兵隊新航空基地建設反対の闘いの責任者の一人です。
1996年、日米政府は名護市辺野古に海上基地(1500M)を押し付けて着ました。私たち名護市民は市民共闘組織「ヘリ基地反対協議会」を結成し、市民投票で拒否しました。
日米両政府は、今度は、2600Mの巨大海兵隊航空基地を押し付けて着ました。私たち名護市民と沖縄県民は、建設現場にテントムラを建設して座り込み、建設の強行には船やカヌーで抵抗して、05年9月、中止させ、廃案になりました。私たちの闘いは完全非暴力の実力阻止闘争です。この闘いには日本中から環境団体、平和団体、自然と平和を愛する人々が参加しました。世界的にはグリーンピースの「虹の戦士号」も駆けつけるなど世界的な闘いになっています。
ラテンアメリカで広がる新自由主義反対、アメリカの覇権主義に反対する人民の闘いは、私たちの闘いに勇気と力を与えました。
昨年6月、カナダで開催された世界平和フォーラムで、エクアドルの代表にエクアドル人民の戦いの発展を希望し、外国軍隊基地撤去での再会を約束しました。
コレアレア大統領を誕生させ熱気に満ちたこの集会に参加、挨拶の機会を得て、海を越え、皆さんと結ばれたことを誇りに思います。
沖縄とエクアドルの自然は似ています。この美しい自然と平和を破壊するブッシュは地球の敵です。

日米政府は米海兵隊基地と海を埋め立て、二本の滑走路を持ち、軍港、弾薬庫を持つ「悪魔の要塞出撃基地」を押し付けてきています。私たちは3度目の勝利を確信しています。
エクアドル人民とラテンアメリカの新自由主義反対、経済主権獲得のうねりは人民の共同は、わたしたちの財産となっています。沖縄の闘いも、アジア人民の共同に向けて新しい仕事に向かいます。このエクアドルの大会は、各国におけるアメリカの基地撤去の戦いを、「世界は一つ」に結びました。
私たちは平和と社会発展の築く兄弟となった。

エクアドルにも、沖縄にも、世界のどこにも米軍基地はいらない。沖縄県民はジュゴンの棲む海に、新航空基地は絶対に作らさない。
私たちは勝利に向かって結ばれた。
ありがとうございました。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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