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夏季休暇終えてー新しき局面に向けて

夏季休暇
  新しい命をいただいて
 8月13日からパソコン修理と体の「修理」のために「宝の海」夏季休暇に入りました。八重山教科書問題気にかけながら、そして、政策的大連立を予測しながら、リバーサイドホテル(沖縄協同病院)に入院し、粗末にしてきた体を再生してきました。(「病窓の風景」として報告します)
 アキカン内閣内閣は2プラス2で、ゲーツ国防長官に約束した「来年の現実的進展」を防衛省官僚に命じてアセス評価書の年内着手を野田内閣の政治方針に自公・民主の大連立として襲いかかってくる。
 想定内の動きと言える。
すでに、予測して、桜井国俊氏が「アセス評価書について」(琉球新報29日、文化欄、どなたかアップできませんか)と貴重な論文で待ち受けた。

 ドジョウ内閣も面白い。ドジョウは田んぼが暖かくなると用水路から上ってくるようだ。夕方になると用水路に下る、一網打尽のドジョウすくい。さて、分のわからん日本語が飛び出しているドジョウ内閣(小宮山厚生大臣含め)、野田の潤んだ目、あれ酒の目の匂いだ。?

 玄葉君
  君、日本語話せますか。
 

玄葉外相発言 踏みつけているのは誰か

2011年9月7日 琉球新報
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-181366-storytopic-3.html

渡辺防衛副大臣「85基地ある関係脱却を」 ブログで米軍撤退望む?
 【東京】渡辺周防衛副大臣が、2010年5月に自身のブログで、「独立国家に85もの基地が存在する関係から脱却して日米新時代を築けると信じる」と記述し、在日米軍の撤退を望んでいるとも受け取れる持論を展開していたことが分かった。一方で「もちろんわが国の自衛隊が沖縄を拠点に国家防衛を担う」とし、在沖米軍に代わって自衛隊が沖縄に駐留すべきだとの考えも示していた。
 これに対し、一川保夫防衛相は6日の記者会見で、「副大臣に就くのであれば、日米同盟を安全保障の基軸とする基本姿勢に立って対応するのは当然のことだ」と指摘。「米軍の日本における存在は大変重要で、そうしたことを十分わきまえた方向をお互いに確認し合いたい」と述べ、政府方針に沿って対応するよう求める考えを示した。

沖縄タイムス社説(8日)
[民主・自民連携?]翼賛体制で移設強行?

 続きー病窓の風景(1)
 
病窓の風景(1)

 不摂生(美味しんぼ・タバコ)と辺野古・高江の闘いで体粗末にしてきた。いくつかの重たき物、08年8月、軽い脳梗塞、準備書、名護市長選挙、知事選挙、高江強行、落ち着いたと思ったら、高齢の母危篤状態、そろそろ、人間ドックと思っても、いざの時、長男だけに入院できず。母の葬儀で人間ドック申込み、49日、御盆まで耐える。
 とよみ病院(旧沖縄協同病院)に事情話し、ドック早める。

 信じて
  いただいた命
  「大西さんはあと10年(平均寿命)まで生きよ!」、「動脈の手術だ」と沖縄協同病医院I医師は告げた。「お任せします」と、すべてを託した。
 8月18日入院、手術24日。自分たちで作った沖縄医療生協、わたしの会員番号1070、08年8月3日、名護医療生協Iさんの車で、今回は自分で車運転して、国民が団結して、辺野古・高江を止めている間に、自分たちで作った総合病医院。今回はやんばるクリニック(名護医療生協)と連携をとって、すべてを信じて!
 私、定年退職あいさつ「稲嶺知事、岸本市長の軍民共用空砲に勝つために太く生きる」であった。(『愚直』)、今は「長く生きる」、孫とも遊びたい、願いかなえず叱咤、金城裕二、当山栄、土田武信、少なくない辺野古のみなさん。
 まだ、わたしがやるべきこと少なくない。
 命のリバーホテル(新沖縄協同病医院)
い無題8

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お帰りなさい「宝の海」。心待ちにしていました!

噂をすれば、何とやら…。昨晩、平和ネットのある会議で、「宝の海」まだ再開されていないけど…、という話をしていました。八重山の教育委員協会総会が気にかかり、PC開けたところ、「宝の海」再開。嬉しいですね。
八重山は育鵬社公民に賛成した与那国教育委員長も、一教育委員として採択反対(推薦もされていないのが大きな理由であるのと、内容的にも問題ありと述べていた)。13人中過半数が育鵬社版反対なのだそうです。玉津らはガタガタ言っていますが、教科書内容をロクに読まないような与那国崎原教育長(教育委員長ではありません。「読む必要あるのかねー」発言にはさすがに呆れた。同じ与那国の具志堅教育委員もロクに読んでいない)。竹富町が全会一致で育鵬社公民否決したのは、八重山の良心。とりわけ戦争マラリアで最も被害を受けた人々の心が生きています。
ついでながら、(敢えて名前を出します)八重山の混乱を招いた玉津石垣教育長そして、ロクに教科書を読まないで採択決めた崎原与那国教育長はじめ、最初から育鵬社ありきで採択決定した徳丸節子石垣教育委員(中山市長就任時点から決まっていた発言)、石垣朝子教育委員(石垣市)、具志堅学子与那国教育委員は、こどもたちの教育に責任を負う視点で採択したのではありません。
こういう人たちに、こどもたちの教育を担う資格はない、直ちに辞めるべきでしょう。
今回の事態は玉津・崎原のクーデター(その背後に中山市長もいるでしょう、さらに後ろには八重山に自衛隊配備したい国・防衛省がいるでしょう、おそらく)だと思いますが、八重山の人々と、育鵬社版許せない、という多くの人々の声が、クーデターを仕掛けた連中を包囲しているのだと思います。


さて、
玄場外相ー菅前内閣発足時に入閣した民主党若手と記憶していますが、目つきがいやです。入閣当時から好きになれない。私見ですが、第一印象というのはある意味重要だと思いますので…。
石垣N市長、石垣T津教育長らと同じ様な目つき。「踏んでも蹴られても」だと。まさしく、踏みにじられているのは誰か?ワッターチムグクル、踏みにじる発言です。また、沖縄でコケル。ウチナーンチュの心を全く分かっていないことばです。

*繰り返しますが、「宝の海」再開おめでとうございます。また再開に感謝。
*また、マジュンチバラナヤー(一緒にがんばりましょう)



八重山教科書採択ーつくる会系教科書不採択

琉球大学山口さんより、今日の八重山地区教育委員協会での議論の結果、東京書籍に決定。つくる会系教科書の「育鵬社公民」不採択が決まったそうです。
八重山の人々と多くの人々の良心の勝利だと思います。

タイムス電子号外配信されていますので、URL送ります。

http://www.okinawatimes.co.jp/article_photo/36518/

玉津石垣教育長、崎原石垣教育長退席。残る12人中8人の賛成多数で東京書籍採択となったそうです。彼らの策謀は打ち破られました。
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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