熱帯低気圧は20度線上を西に進みながら台風15号になりました。西に進路をとると発生位置から日本列島縦断するか?高気圧に押されて東シナ海か?(12日19時)
(続きにー八重山教科書問題ー姿現した自民党および『指南役』ヤンキー先生)(9時55分追記)
3・11から6月
辺野古現場へ公的に復帰
科学者の「学際」的協同を
若い科学者たちへ
9月13日、若い科学者、日本科学者会議(31名)の訪問、辺野古の新しい情勢に、科学者の専門分野の協同の重要性について話をさせていただいた。戦略的な問題もあるので内容は省く、3月11日、民医連辺野古23次行動以来、実に、6月ぶりの辺野古講義であった。

違法アセス公判向けて
意見陳述で弁護士と調整
1月、2月の高江の激しい攻防、3月から9月までの私的な拘束、体の問題で身動きの取れない日歩であった。自分の弱さを素直に受け入れ、堅実な実践を積み重ねて行きたい。

違法アセス訴訟
現場検証
2011年9月16日(金) 辺野古・違法アセス訴訟 現地進行協議
集合時間・場所 10:30 辺野古座り込みテント村
辺野古新基地建設予定地の海を、裁判官が原告(私たち)・被告(国)の代表者と共に視察します。船には定員があり、乗船者はすでに決まっていますが、みんなで視察船の出航を辺野古漁港にて見送りましょう。多くの皆様にお集まりいただけるよう、呼びかけます。
注、節度を持って対応する。マスコミ船も出ると思いますが、個々、団体で船を出すのは遠慮するべきでしょう。
もし、調査船を出すときは、150mの距離は採るべきでしょう。海の時化も想定されます。
再度
へり基地反対協
辺野古事務所設置
FAX-0980・53・6992
TEL09023929161(安次富)
09044091682(田中)
09019401563(大西)
新しい情勢のもと、ヘリ基地反対協議会は辺野古事務所を設置しました。守る会手前、嘉陽宗儀オジーの土地提供です。
駐車場は基本的にバスの駐車、方向転換に使用します。バス3台可能です。
テント村訪問にはFAXを入れてください。
特に海上案内求める方は、ぜひ、FAXをお願いします。
へり基地反対協議会のホームページご覧ください。
テント村には優秀なスタッフ常駐
なお、大西に説明求める方は
FAX0980-53-5081(電話に使用しないくれぐれもよろしく)
「原発よさようなら」9・19首都圏集会
成功させよう
全国各地で「5本の指」の積み重ねが大事であろう。日本のメデイアが民衆の集会を取り上げなくなって久しい。それを、嘆くのではなく、2万でダメなら4万、4万でダメなら8万と展望を持つことだ。
ラテンアメリカを見るまでもなく世界はダイナミックにアメリカの軍事・経済支配から決別が始まっている。原発的地方支配は安保も同じである。民衆の力こそ時代閉塞を切り開き、明日を創る。
新しき明日の来るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれどー
明日が見えないとき、私は那覇真教寺、啄木歌碑に立つ。力が湧き出る。(続きー八重山教科書問題ー姿現した自民党ーヤンキー先生と玉津)
八重山教科書問題
姿を現した自民党
姿現さなかった自民党、東京、八重山と姿現した。

(沖縄タイムス13日1面)

(沖縄タイムス13日社会面)
八重山教科書問題の陰湿な
自民党タカ派の暗躍ー玉津の「指南役」-ヤンキー先生
玉津氏の平和資料館時代の同僚H氏から八重山教科書情報メールで送られてきたのが6月、いくどか情報いただく、自民党が表に出てきた。
その一部を資料として保存する。
その1
タイトル:ヤンキー先生と島田紳助
ヤンキー先生こと義家参院議員(自民)が、現職教師の頃、島田紳助の番組で、北星余市高校での彼が取り上げられた。安倍が総理になる1年前ほどだったか。北星余市高校については、不登校の子ども達を受入れ、非行克服に教師集団が懸命にとりくんでいる、くらいしか知らない。そのなかで、ヤンキーだった義家氏がいつしか教員の道に入り、母校で生徒指導にあたっていた。番組を見るかぎりでは、生徒からの受けはよかったようである。”熱い”先生に、紳助も感動し涙していた。うる覚えなのだが…。彼をモデルにしたTVドラマも制作された。反町隆史が主演であったと思う。そんな彼を育んだのは、北星余市の教師たちであり、生徒たちであったのだろう。だが、その後、彼は、横浜で教育委員となる。任命者は中田宏市長であった。中田市長時代に、つくる会系教科書が採択されている。横浜市教育委員を経て、その後、安倍政権下で「教育改革会議」室長、自民党参院議員となる。
中田宏市長体制下で教育委員に就任した時点で胡散臭く感じていたが、安倍内閣で、鳴り物入りの「教育改革会議」室長に就任した時点で、改憲右派の軍門にくだった。彼は、育んだ北星余市の仲間と生徒に背を向け、いまでは、日教組攻撃の先兵たる。八重山教科書問題での、玉津への指南、介入という自民党の汚れた手の先兵でもある。地に墜ちた、というべきである。彼を持ち上げた紳助も、”ヤミの世界”との結びつきで、引退を余儀なくされた。因に、義家をかかえた安倍内閣は改憲策動こそ失敗し、辞任に追い込まれたが、教育基本法改悪には成功した。
今朝のタイムスによれば、玉津(石垣)と崎原(与那国)が、教育委員会協議無効を国に訴えたそうである。
玉津は、何よりも民主的手続きを踏まなければならない教科書選定の場を、独断で、自ら採択したい教科書選定したいがために歪め、崎原にいたっては彼に同調し、中身を十分に吟味することなく、育鵬社採択を強行した。これを拒否した竹富町を攻撃し、一方的に育鵬社ありきで動いた。その指南を、ヤンキーから受けた。あきれた話である。玉津は、校長になる以前、県平和祈念資料館職員でもあった。
崎原はある意味正直な人で、育鵬社採択にあたっては、他の教科書と見比べることなく、育鵬社のみを読んで採択した。”読む必要あるのかね”発言にはびっくりしたしあきれたが、彼の眼中にこどもたちはいない。こんな人が教育行政の長であること自体異常である。資質も資格もない。辞めるべきでしょう。
八重高3年の城所愛美さんが、”八重山の異常”を論壇で告発した。勇気ある発言である。玉津は、教育長就任前、八重高校長であり昨年のちゅら島総体において、高体連会長でもあった。八重高中途退職し、石垣教育長に就任したが、現場からは、生徒を切り捨てた、と非難されている。城所さんは、教科書問題で揺れる八重山の事態を目の当たりにして、民主主義の在り方を問うた。推測ですが、八重高校長であった玉津の行為を許せなかったのかもしれない。いずれにしろ、竹富町教委の良識、立ちあがった八重山の人々はじめ多くの人たちが、右翼的策動を許さなかった。玉津・崎原の悪あがきー国がどう出てくるかは注視しなければならないが、下手に介入すれば、手痛いしっぺ返しをくらうでしょう。また、国の介入を許してはならん、と思います。玉津・崎原の”クーデター”を許してはなりません。
その2
タイトル:ヤンキー先生
知人に、義家のことでブログに投稿した、とメール出したら、
「余市の実践は全職員命懸けと言うような実践で、彼を変えたのは1人の女教師の見捨てない教育だったと思います。この方は教組の講演会で招いたことありますが非常に謙虚であれから私財なげうって不登校児受け入れの施設を開設と聞いています。彼は仲間を大事にしそこから学ぶという姿勢は身につけず、自己実現要求が強く、周りをその為に利用するというずるさがあったのではと推察します。どん底から這い上がった時、何を手に掴んだかですね。残念ながら私たちの教育の手からこぼれるこんな人もいるのですね」
とのコメントが返ってきました。同感です
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