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ただちに事後調査中止を!ー無駄とは


教科書検定 県民集会
   9月29日(火)

華麗な花には毒が
 連日、那覇続いています。今日も大切な会議。みんなから知恵をもらいにゆきます。連立政権に浮かれてはなりません。昨日の集会で体を心配してくれる方いましたが、今、学びを力にすることです。軽自動車は疲れますが、乗用車はイイデスネー。金があれば・・・・。 
 
  海の舞姫ミノカサゴ
 
 港の岸壁を覗くと熱帯魚が見れます。ミノカサゴの華麗な舞に出会えます。このミノカサゴ毒を持っています。ヒレは毒と思ったらいいと思います。おいしいです。
 深海にはアカナーという鮮やかな猛毒を持った魚がいます。見た目にはおいしそうですがお汁にして食べたら確実に救急車で数日入院でしょう。でも、鮨のネタにするととてもおいしいです。伊江島に
専門店があります。行くたびに食べています。猛毒のフグが刺身の王様と同じです。
 岸壁角にたむろするのがアバサー(ハリセンボン)、アバサー汁は高級、私の青年のころまで、食べませんでした。アバサーの皮は漁師の家の魔よけで大きな口を開けていました。漁師の家では食べていたのです。魔よけにすると食べる人いないからだったでしょうか。
 美しい巻貝、イモガイは海のハブと言われる猛毒です。貝は背中で担いではいけないと幼いころ教えられました。イモガイはそれこそ美しいです。針に刺されたら一貫の終わりと言われています。
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      (撮影 西平 伸 )
これがイモガイの代表
  いずれ、貝も紹介。貝の種類の多いのも辺野古・大浦の生物多様性の特徴。
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誰が海にオモチャ捨てたの(?)
   ウミウシの仲間(?)

 子どものオモチャではありません。海の生き物です。
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        (撮影  西平 伸)
 海のナメクジ(?)
   ウミノウシと聞いています。角が前と後ろにあるようだが・・・・?
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沖縄関係閣僚たちの発言から

 岡田外務大臣
  「環境影響評価(アセスメント)が終わると、次は予算計上の段階になる。年内がひとつの段階になる」「日本側からも提言していけるような対等な日米関係」(琉球新報18日)
 
小沢環境大臣
 「問題の論点の一つは環境と承知している。できる限り科学的、自然的環境を保護する立場から加わっていきたい」
 アセスの関与「結論はどうなるか分からないが」「タイムスケジュールを含めてきちんと丁寧にやっていかなくてはならない問題」(琉球新報)
 
北沢防衛大臣
 アセス手続き「マイナスになる話ではなく、重要なデーターで、やめる選択しではない」
 前原沖縄担当大臣(国土兼務)
  泡瀬発言早い決断、前原持論「代替なきフ普天間返還」論が辺野古でどう進むかどう進むか。
 
 コメント
  ただちに事後調査中止措置を、

そのうえで、準備書、評価書手続きを始めるべきだ。
 小沢氏1歩、踏み込んでいる。環境省は変わるか。現場からは防衛省と一体だ。戦略的アセス辺野古アセス中に出すか。金庫から出して国民の前に公開すべきだ。
 北沢「やめる選択」事後調査含むか。これアセス手続きではなく防衛省設置法4条19号、ただちに、中止措置を取るべきだ。「丁寧」とは無駄な違法行為をしないことから始まる。
 デモフライト評価書に生かせの新聞論調、閣議からも否定されますよ。老婆心ながら・・・。

無駄は現実を見なさいー藻場
  北部振興策をはるかに越える無駄3000億円


大西照雄さま
Tです。
こんばんわ。新しい時代がきますね。宜しくお願いします。

代替飛行場で埋め立てによる海草藻場消滅面積が66ヘクタール。移植の工事値段から価値を出してみると。計算に間違いが無ければ、
泡瀬干潟で大型海草を移植の値段が手植えで、63000円/m2、
海草を1ヘクタール移植するのに6億3000万円/ha
66haでは415.8億円。移植保全は到底無理です。
準備書によると辺野古周辺の現状海草藻場の面積が485.2haあると表-4.45(1)にかいてあります。
海草藻場だけで3000億円の値打ちがあることになります。北部振興策より多いです。サンゴ礁を含めると幾らになるのでしょう。サンゴ礁の海はほんとに宝の海です。
広大な提供水域は沖縄県民に返してほしものです。
       (17日受け取り)
 防衛局のダイバーはアリのように辺野古に金儲けの夢見ているか。誰が、どこで、改ざん、隠ぺいしているのか。

 来週から、藻場、アオサンゴへ

日米再編成下
  アンデスの風ーキト
   熱帯トロピカルーマンタ行進



エクアドル通信 NO5
大久保 殿
 最後通信 飛行機でメモしたのをおくります。(A41枚にまとめた)

マンタから成田へ(帰国の飛行機で)
プランテーション
 マンタでタラソン女史(大会の重要な役割)と朝食会をしてバスでグアヤキル空港に向かう。他の参加者は夜行バスに乗ってキトから乗り継ぐようだ。街を出ると乾燥トロピカル(サバンナ)で土がむき出ている。来るときの状況と変わる。トックリキワタが樹立、低木がせめている。沖縄に持ちこまれた花も少なくない。先住民の自給自足的集落が点在する。高原に上るにしたがって、植物群も多様になり、マンゴー、インディカ米、トーモロコシの果てしない経営が見える。コーヒー、チョコなどの栽培もガイドは自慢していたが、判明がつかない。多様性に富んだ国だと実感する。
走った、語った、友を得た
 アトランタ空港で走った。会議は駅伝、バスは何時間も走った。バンクーバー国際平和フォーラムでエクアドル大会の成功を呼びかけたことを思い出した。(『歴史と実践』沖縄県歴史教育者協議会)
 結成宣言は外国軍隊撤去の一致点で合意され、EU,LA,太平洋地域、日本に関する特別決議が採択された。多様性に満ちた世界の現状が反映された。南アメリカではブッシュとチャべスの両大統領が訪問外交の中であった。沖縄を幾度か語った。ビラを配り、パネルで説明、多くの友を得た。バスの中で隣に座った方は日本平和大会(神奈川)に参加(現通信省政務次官)、赤旗記者、マンタの魅惑的女性二人(弁護士、事件相談)で意気投合、ブースのブラジルの記者とは兄弟となった。幾つかの国の取材も受けた。
 デモは約10キロ、ベネゼ-ラ国営放送の取材中にデモは出発、見失った。キトからのバスを見つけて走った。追いついた。大会の横断幕を持てという。高里、平良、大西が持った。だが、撮影とビラ配りを重視して離れた。フランス式デモは交差点で座り一斉に走り出す。地獄の行進は果てしなく続き遅れる。足を引きずっているとバスから声がかかる。最初は写真を撮れと勘違いした。マンタ基地でやっと理解できて「バスの屋根に乗れ」であった。別のバスの音楽隊が笑った。バスは互いに併走して車の屋根の交流となった。
マンタの夜の交流会
 マンタは美人の街と聞いていた。実感した。ビーチのレストランで交流会、先住民の権利のため闘っているバンド付きでエクアドルの歌が流れる。集まったマンタの人々は若い、日本は老人(?)、対照的だ。キト、閉会集会などで司会をしていた人たちだ。通訳の平野女史の同時通訳で打ち解けた。最後は、エクアドルの曲に合わせてカチャーシでまず、私が踊った。乱舞になった。別れを惜しんだ。キトから語った魅惑的で知的な女性にカリユシウエアーを着せた。CDは5枚残っていた。
 翌朝、タラソン女史は、マンタの闘いは浅く若い、日本との交流を示唆した。私は別のことを考えていた。日本の若者が狭いナショナリズムに陥っている。南米の若者たちは平和の文化を身につけて、自国経済の主権と南アメリカの共同をめざして、新しい息吹がある。帰国すると仲井真知事が尖閣列島上陸、世界の潮流は平和の文化だ。
帰国後のホームページから
 昨年6月のバンクーバー世界平和フォーラムに参加さえてもらった。エクアドルの外国軍隊基地撤去大会の参加を呼びかけた。多くの方々のカンパでエクアドルへの参加ができた。大会の中で発言できる場所では最大限に発言した。ビラも配った。CDはコレア大統領にも届いた。
アメリカの世界支配の形態は地域によって多様であることも知った。多様な意見が表明された。外国軍隊基地撤去で一致点を確認し、各地域の特別決議が採択された。EU,ラテンアメリカ、太平洋、日本などアメリカの世界戦略に応じた決議である。
 今大会の重鎮、コラソン女史(比国)と出国の朝、朝食会を日本平和委員会代表団と持った。また、小分科会でアメリカの参加者に対して、「沖縄はアメリカ行動の計画もある。アメリカのNGOは外国の代表をサポートできますか」と質問した。小分科会では返事はなかったが、ガーソン氏から通訳をとうして温かく迎える返事があった。アメリカのガーソン氏とはアメリカ行動もありえるのでアメリカ行動の提起者安次富浩を紹介した。
帰国前日の夜、マンタ(米軍基地の街)で地元の人たちと夕食会を持った。若い知的に輝き大会の司会者たちで、あまりの若さに驚いた。コラソン女史は、①マンタの闘いは浅く若い、日本の運動に呼んで欲しい。②日本は外国軍隊基地撤去ネットワークに現場で闘っている方を送って欲しい、言語の問題はなんとかすると述べた。鈍感を自認している私でも、これは沖縄(私)への挑戦だ。女史は、大会中、私の出番に最大の配慮をしてくれ、この大会の司会を担ったマンタの知的で魅惑女性たちとバスを同行させた。
米軍基地撤去の国際的ネットワークは結成された。私(われわれ)は、新基地の闘いに、国際的友好の課題を背負った。私(たち)は、エクアドルの友を沖縄に招待する課題を托された。どの発言者も沖縄を口にしていた。私たちの責務が見えてきた。

エクアドルへのビラその1
   日本文
エクアドルビラ草案(表)A3 白黒
  核も基地もない平和な沖縄をめざして
   米軍事植民地支配と沖縄県民60年の闘い
第二次世界大戦と米軍基地
 沖縄諸島は西太平洋に浮かぶ亜熱帯と熱帯が重なる島々、アジア最大の米軍基地の島。第二次世界大戦に日米の最後の地上戦が戦われ、日米約24万人が犠牲になり、最大の犠牲は住民であった。米軍は①日本軍の殲滅、②捕虜と住民を収容所に押し込め(戦後2年間)③米軍基地の島を建設した。現在の沖縄の米軍基地9割は沖縄戦の中でつくられ、1950年の朝鮮戦争の出撃基地となった。
          写真 「鉄の防風」「収容所」「嘉手納B52」
 
軍事植民地支配と人権侵害
 1951年、サンフランシスコ平和条約は、沖縄を日本から分断してアメリカ大統領の行政命令で軍事植民地にした。米軍は布令・布告で政治的権利、人権を抑圧、再び沖縄県民の土地を強奪して極東最大の総合出撃基地を完成させ、太平洋の軍事拠点とした。米軍の事件、事故の続発(殺人、女性及び幼女レイプ殺人、強盗、放火に轢殺)と無法を極めた。演習などによる降下訓練圧殺事故、流弾、原野火災、騒音、環境汚染はいまでも深刻である。
             写真 石川宮森小学校墜落事件
沖縄県民の闘い
 沖縄県民は人間の尊厳のために米軍と闘った。1960年は「植民地解放宣言」の年、沖縄県民は軍事植民地と闘う「祖国復帰協議会」の民族統一戦線を結成する。A・A・AL人民は平和条約発効日の4月28日を国際的沖縄返還デーと決定(1963年モシ宣言)し沖縄県民を励ました。
 1960年代初頭に始まったベトナム戦争では、嘉手納空軍基地からB52戦略爆撃機がベトナム全土を焼き尽くした。米海兵隊は沖縄基地からベトナムに上陸、ベトナム民族根絶作戦に従事、あらゆる犯罪を犯し、国際法廷で裁かれた。
 沖縄県民はベトナム戦争反対、日本国憲法への復帰、政治的自由、人権獲得、「核も基地もない平和な沖縄」をめざしゼネストを含めて闘った。沖縄県民は1972年5月、日本国憲法への復帰を勝ち取る。
 だが、しかし、日米安保条約で米軍基地は存続、沖縄県民の願いは踏みにじられた。
      写真 B52、コザ騒動、2.4ゼネスト

  エクアドルビラ草稿 裏
 沖縄県民は米軍再編成
  悪魔の要塞基地を拒否する
在日米軍専用基地75%が集中する沖縄
 安保条約の下で、沖縄には在日米軍専用基地の75%(米軍基地34施設)が集中することになります。米軍の事故・事件は米軍植民地時代と変わらず、軍事演習は激化、アメリカ追従の日本政府は沖縄を政治的に差別する。
     事件・事故統計概要
 1995年9月、米海兵隊3人による少女暴行事件が起り、沖縄県民の積もり積もった怒りが爆発、大規模な県民大会に発展する。日米政府は沖縄県民の怒りを抑えるために世界一危険な海兵隊航空基地普天間返還を発表した。しかし、県民の負担軽減と抑止力の名目で基地機能の強化と永久基地建設が狙いで、沖縄県内名護市辺野古海域への移設が条件であった。
       写真、CDより
名護市民は
  住民自治と非暴力の闘いで2度勝利する
 1997年12月21日、名護市民は市民の共闘組織「ヘリ基地反対協議会」を結成、「大切なことはみんなで決めよう」のスローガンで市民投票を成功させ普天間辺野古移設を拒否する。沖縄県民も名護市辺野古への新基地建設を許さないために「基地に県内移設に反対する協議会」を結成、国民的闘いに発展する。
 しかし、日米政府はサンゴとラグーンを埋め立てる巨大軍事空港(2700M)を押し付けてきた。日本国民は名護市民を中心に完全非暴力の阻止闘争と国内外の世論を結合させた闘いで廃案にさせる。名護市民は2度目の勝利を実現、「ヘリ基地反対協議」は完全非暴力を貫き、米軍再編成に闘う日本全国の重要な役割を担っている。
  (10年間の闘いのCD(英文)を各国の代表にさし上げます)
   写真、軍民共用とV型
日米同盟の暴走を許すな
 「悪魔の要塞基地」を阻止するために
安倍内閣は日米同盟の強化のために、日本の平和憲法を改悪して、自衛隊が米軍とともに戦争ができる国を目指しています。日米政府は米軍再編成の名で、今度は、「悪魔の要塞基地」を押し付けてきました。
           写真シュワブの役割とサンゴ
 基地建設予定地の森と海は「東洋のガラパゴス」よばれ、森では新しい希少生物が発見され、海にはウミガメ、ジュゴンが棲み、希少生物の宝庫です。私たちは3度目の勝利を目指す戦略を持っています。その一つは、米軍基地と闘うアジアの友人はもちろん、世界の人々と手をとり連帯と共同を広げることです。私たちの闘いには韓国の平和団体、グリンピース、アメリカ生物多様性センターはじめ多くの国の人々が参加しました。英国BBCはじめ韓国、ベルギーなど国外メディアも取材しています。世界は一つと全世界が共同と連帯を、エクアドル人民に心から感謝します。
 (沖縄は日米政府の軍事植民地ではない。アメリカの新自由主義と覇権主義反対)
           ヘリ基地反対協議会代表委員 大西照雄
エクアドルビラ その2
   WWFJ 声明文 英語版 スペイン語版省略
Statement against the Construction of the Futenma Replacement Facility in the Habitat of the Threatened Okinawan Dugongs

May 12, 2006

by

WWF Japan

On May 1, 2006, the Governments of Japan and the United States jointly issued the document, “United States-Japan Roadmap for Realignment Implementation.” The document contained a new plan (the New Coastal Plan) to construct the Futenma Replacement Facility (FRF), which includes two runways, in the coastal area of Camp Schwab in Nago City, Okinawa. The coastal area of Camp Schwab encompasses the waters of Henoko and Oura Bay, which are critical habitats for the Okinawan dugongs. The construction and subsequent utilization of the FRF, if carried out, will have tremendous impacts on the dugongs and their habitat, potentially driving the dugongs to extinction.

In Japan, the dugongs primarily live on the eastern coast of Okinawa Island. Their area of distribution is limited; their population is extremely small and isolated; they are “threatened to extinction.” WWF Japan therefore strongly opposes the construction of the FRF in the said area and urges the Governments of Japan and the United State to withdraw the New Coastal Plan. WWF Japan also urges the Government of Japan to draw up an action plan and establish a protected area for the conservation of the dugongs in accordance with the IUCN recommendations adopted in Amman in 2000 and in Bangkok in 2004.

It is clear that the attempts by the Government of Japan to construct the FRF in the habitat of the dugongs have failed to materialize due to the strong opposition and dedicated protests by local people and environmental groups all over the world.

In 1996, the Governments of Japan and the US agreed upon the plan to construct the FRF in the Henoko area in order to relocate the Futenma Air Station, the “most dangerous military airport in the world” from the densely populated center of Ginowan City. In 1997, the Government of Japan proposed the construction of a “Sea-Based Facility (SBF) (1500m x 700m) off the shore of Henoko. The SBF was to be constructed by using either the Pontoon Type method or the Pile Supported Pier Type method. In December 1997, this plan was opposed by the people of Nago City through a citizens’ referendum, and it was also later rejected by then Governor of Okinawa.

In July 2000, the Government of Japan proposed another construction plan; the construction of a “Military-Civilian Airport” (2500m x 730m) off the shore of Henoko. This plan required massive landfill atop the coral reefs and the seagrass beds. This plan has also been strongly opposed by local and non-local people including those who have engaged in sit-in protests and by environmental groups whose international efforts include those of the IUCN recommendations. As a result, this plan has virtually been halted.

In October 2005, the Governments of Japan and the US began presenting alternative construction plans for the FRF in the coastal area of Camp Schwab. In April 2006, Mayor of Nago City agreed upon the New Coastal Plan, which includes the construction of two 1800m runways, proposed by the Japan Defense Agency. The New Coastal Plan was then incorporated into the “United States-Japan Roadmap for Realignment Implementation” presented on May 1, 2006. According to recent public polls conducted by both Okinawa Times and Ryukyu Shimpo, however, about 70% of the people of Okinawa are against the New Coastal Plan.

The New Coastal Plan requires landfilling of both the coral reef shallows in the waters of Henoko and the seafloor slopes in Oura Bay. To start with, environmental impact assessment will be conducted for 3 years, and then the proceeding landfilling will take 5 years. The completion of the construction of the FRF is set for 2014. After the construction of the FRF, military training exercises using helicopters, vertical/short takeoff and landing air-craft Ospreys, and fixed-wing aircrafts will be conducted from the FRF. Moreover, it has been noted that there is the possibility of the construction of a pier for military ships in conjuncture with the FRF in Oura Bay. If the New Coastal Plan is carried out, direct threats from the construction of the FRF and subsequent threats from military training with aircrafts and movements of ships will be insistently imposed upon the environment and the dugongs.

The waters of Henoko are characterized by their coral reef shallows. The shallows are an important habitat for seagrass and “dugong trenches” have been found in the seagrass beds. Landfilling of the shallows means the destruction of the seagrass beds and the feeding grounds for the dugongs. Changes in local currents created by such landfilling will impose negative impacts on the seagrass beds and the coral reefs.

Oura Bay is characterized by its varying depths of water and its diverse underwater topography including coral reefs, seagrass beds, sand deposit, and mud deposits. Oura Bay provides an excellent and unique habitat for many marine spices and is an important site for local fishery. Developed coral reefs lie at the mouth of Oura Bay and the local current flows between Oura Bay and Henoko through the underwater trenches. The New Coastal Plan requires landfilling of a large portion of these underwater trenches, which will cause changes in the current and subsequently changes in the movement and deposition of sediments. These changes will accumulatively impose negative impacts on the seagrass beds and coral reefs. The entire area of Oura Bay will certainly be affected by the extent of these impacts.

When and if the FRF is constructed in the said area, military training exercises will be conducted from the FRF. Noise from the operation of military aircrafts may create additional stress for the dugongs. Pollutants from the FRF may be discharge into the sea, exacerbating the environment. The deterioration of their habitat and additional stress from the utilization of the FRF will potentially threaten the future of the dugongs in Japan.

It is imperative that both scientific and objective environmental impact assessment (EIA) is conducted to assess the impacts on the dugongs and the environment from the construction and utilization of the FRF. Unfortunately, the present Japanese system of EIA does not require the plan to include a zero option (no construction alternative). It also lacks logic and ethic. It is in fact a mere process of giving permission for the plan to proceed. It is therefore difficult to expect meaningful outcomes from the present Japanese system of EIA.

Considering the points stated above, WWF Japan strongly opposes the construction of the FRF in the coastal area of Camp Schwab, which encompasses the waters of Henoko and Oura Bay. WWF Japan urges the Governments of Japan and the US to withdraw the New Coastal Plan. WWF Japan also urges the Government of Japan to draw up an action plan and establish a protected area for the conservation of the dugongs in accordance with the IUCN recommendations.
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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