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もし、あの時、諌めなければー感謝、そして今・・



今日の新聞は注目ー辺野古アセス報道、各紙はいかに報道するか

大西照雄
に送ってくだされば助かる。
FAX 0980・53・5081 

 嘉陽宗儀(辺野古のオジー)『日記』に見る
   おじー・おばーたちの熱き決断
テント村看板ー8年と重ねて
辺野古テント村にテント村の座りこみ日数を刻んでいる。
 8年プラス2737日(10月16日現在)と記されている。市民投票から04年4月19日までの辺野古のおじー・おばーたちの強かな日々がある。沖縄サミット・振興策などの画策に負けず、資金難に貝人形など作り、毎日、小屋に座りこんだ。

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 そのころ、辺野古訪問した皆さんに貝人形や写真など提供を訴えている。
DSC00633 (0) 
  (写真、2011年1月1日、翁の日記と貝人形)

 「大西先生に感謝している」
   「それは、どういうことですか」
 日頃、嘉陽宗儀翁(辺野古のオジー90歳)が「大西先生には感謝している」と言う。古老に感謝と言われると幅ったい・辺野古闘争の意では無いようで、昨年12月ごろ、翁に聞いてみた。翁は名護市民投票から今日まで日記(メモ張)を残している。

  05年3月29日日記
   この時期はどんな時期か。
 先ほど、由井晶子女史が『沖縄ーアリは象に挑む』を上梓した。その第2章「辺野古ボーリングを阻止する」に、日米政府、現場の動き詳しい。すでに、ヘリ基地反対協議会は抗議船、カヌー、漁民のチャーター船で資金難ながら優勢に入っていたが、那覇防衛局も謀略含めて、海上保安庁も一体となって攻勢に出ようとしていた。

 私は、金曜日の最終便で土日は他府県に出て、すでにカンパで平和就航、全国支援、カンパなどの訴えから、海上に直行していた。飛行機後部中央座席の4席に横になって寝た。
 2002年には生命保険解約でジュゴン1号保持、海上闘争指令船になっていた。
 翁の決断があった。翁の決断は生活を懸けていた。

 翁日記を翁の了解得て公開する。
  翁3月29日日記
    抗議船とチャーター船確保資金を
 「当山君(故当山栄、2代目テント村村長)に、デンワする。抗議船、チャーター船が心配だ。今、チャーター中止したら完全に敗北だ」
 
「当山君の返事、来月4月まで大丈夫との返事万才、万万才、有難う、本当にありがとう」と記し、
   (軍用地売却予想金額詳細、軍用地買いますの会社チラシ貼られている)

 「一坪反戦地主に相談すればよい。その金で抗議船・チャーター船すればよい。妻芳子血圧上がったら、またまた、心配、言っていいか、黙っていいか、私にはわからない。神よ助けてください。チャーター船が是非欲しい」

 「大西先生(曰く)、家族の生活にかかわることだから、しばらく待ちましょう」まった。
 「妻芳子の老後の土地、手放しよくない」

 日記表紙3月30日
 「宗儀所有の軍用地売却(00筆)、大西先生と相談し、自分たちは自分たちで何とかするから、家族のために置いてくださいとの事、助かった。有難う大西先生」

 3月30日「宝の海」は
  闘いをどう記録しているか
 翁が悲壮決断の時期は、新しい謀略の始まりでもあった。「宝の海」をまとめた『愚直』の第4章は「謀略と海上キャンプ」の時期に相当する。(4月1日~)

 「昨日は海上での行動、県民会議、トンボ帰りでヘリ基地反対協の会議と少々疲れた。しかし、実りの多い日であった。・・平和センターの山城(博治)氏が最近のテント村の光景見て大西代表が『耳から上に手を上げるな』『座って話をする』など、阿波根翁などの写真の意味、共感の広がり」と熱い握手求めた。」

 「日本政府は矛盾を拡大させながら、沖縄を再編成の拠点とする。辺野古の闘いを強化することは決定的に重要だ。辺野古で政府が『大嘘』を強行するとき「イタミ」の沖縄の生き方をまず私が実践する時だ。決してオジー・オバーにさせてはならない」。

 翁は一徹な人ですから、かなり厳しいことを、私は述べていたかもしれない。一度、翁に対して、1950年代、辺野古(久志村がシュワブ誘致で沖縄の島ぐるみ闘争と敵対した。土地を米軍に売る(一括払い)を米軍と一体になって、県民の運動を弱体化しした。)の歴史語り、趣旨は違うが同じだ、と、言ったかもしれない。

 県民が守った土地は、子孫に残すべきだといったかもしれない。特に、辺野古は、沖縄の闘いに感謝すべき、「金はその時、土地は万年」同じこと2度もするな?県民・国民を信じようと。
定年退職1年を迎えていた。

 記録や日記は大切
 翁の日記見て、ブログ毎日日記「宝の海」(収録『愚直』)で確かめると、翁をどのように諌めたか記憶はない、しかし、「オジー・オバーにさせてはならない」と確かに記録されている。ただ、8年間の記録は少ない。闘いつつ、過去の記録の掘り起こしも大切だ。オジー・オバーたちの熱き記録が。
 2011年1月1日、嘉陽夫婦に感謝された日。

  現実は、高齢の母の危篤状態、体破裂するかもしれない「爆弾」を抱え、高江闘争、8月、民医連の医師や看護師などで爆弾を除去、現場行動復帰は民医連辺野古行動、感謝、
 そして、オジーに励まされる「来年はわれらの勝利だ」感謝。(下記に)

 あなた もっていませんか?
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 (上記撮影2011年1月1日)

平和新聞コラム連載「宝の海通信」(10月15日号)
 翁の若者へのメッセージ表題にしました。(10月12日)
民医連の若者たちとオジー、右に安次富・大西ヘリ基地反対協両代表委員
無題ka
 (文章)
 10月7日、沖縄タイムスの小さな記事が面白い、来日中のキャンベル国務次官補「野田外相招請」発言謝罪とある。キャンベルは、日米首脳会談に大統領発言を「結果を示す時期」と改竄した「知日派」外交官と言われていますが、日本の外務大臣を知らないほど日米外交がマチブイ(縺れて)している証ではないか。
 アメリカで海兵隊抑止力批判、予算削減の動きが強まり、辺野古の海兵隊も臆病になって、辺野古フェンスのバーナー(寄せ書き)剥ぎ取り、日英文で「撤去」のステッカーをバタバタ張り付けています。
 同日は快晴のなか、私たちが提訴している「辺野古違法アセス」訴訟の現場進行(現場検証)日で、原告弁護士、被告(国)、裁判官が船に乗って海に出て、陸上でも調査の日でした。

 民主党米従属政権は、12月にアセス評価書広告縦覧し、辺野古進展のアリバイを示すために、民主党幹部、政権閣僚が次々と「沖縄詣出」目白押しのようです。
 7日は、また、全国民医連24次辺野古連帯行動で賑わいました。民医連は04年10月、辺野古海上闘争から2月ごとに辺野古座り込み、海上学習を持続させてきました。1日目は名護のホテルに宿泊、辺野古闘争の歴史、現状、展望について学習、行動ミーテイングを行い、高江闘争が始まると、2日目は未明に高江から辺野古へと精力的な取り組みをして、自らのテントを設営、座りこみ行動、平和丸に乗って海からの学習、体で現場を学び、また、平和丸の維持に大きな貢献をしています。

 民医連の辺野古行動一点に絞った8年間の評価に、辺野古のオジーの愛称で親しまれている嘉陽宗儀(90歳)翁は、杖を付きテントに来て、感謝の言葉を述べたいという。オジーは日米の財政危機などに触れ「来年は我らの勝利、愉快ではないか」と大らかな笑顔で、若者たちを激励し、皆さんと記念写真を撮りたいという。

 オジー自ら写真を撮りたいと申し出るのは、おそらく、初めてである。日本平和大会IN沖縄大会、あと一月、脱原発、脱安保、憲法の輝く日本を創るために奮闘しよう。オジーが「われらの勝利」と確信する新しい年への息吹を全国に広げよう。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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