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アオサンゴ(2)-日米外相会談関連記事ー緊急マスコミも伝えない情報

 
 久しぶりの辺戸岬
    無駄なトンネルが

 昨日は日程の確認ミスで疲れた。国頭座津武トンネルに2号トンネルが開削中、現在のトンネル不便か?。県道開通史知る橋壊されていた。残せる歴史遺跡は残すことが求められる。
 泡瀬からメール、フジテレビが泡瀬特集朝8時、疲れで起きれないだろうと返事、23日昼まで寝た。メールで前川氏から不満のメール、普段から在京マスコミを「第4の権力」と警戒している。
 「続き」に日米外相会談資料とコメント書く。

アンデスの嶺のようにそびえる
   アオサンゴ群落

IMG_0003_20090923152205.jpg
         東恩納琢磨
 大浦湾の立体地形を見てみよう
   驚異の大浦湾が見る


IMG_0002_20090923152221.jpg
   上と横に重ねると
     全体が見える。
 ヘリ基地反対協のホームページから辺野古の情報を
IMG_0001_20090923152239.jpg
 『地理中心』7月号より
ヤンバル統一連と安保廃棄
  交流会 24日 行われた。

    監(アセス監視団)
    政(環境政策課ーアセス事務局)
 米軍占領下、琉球大学の関係者が米民政府に呼び出され講義の内容を見せられたことは日常茶飯事であった。
 沖縄を代表する審査委員の学者の先生たちが防衛省の機関が個別的尋ね説明を受ける。アセス審査会は公開・公明および、学問の成果と良心に従い判断する。秘密的に審査員を訪問、一番恐れていた事態と言わなければならない。
  
下記は事務局環境政策課との交渉メモーメールで受け取る。


 
緊急ニユースそ2
 26日、新報より鳩山首相ピッツバーグで「県外移転」表明 6:30
民主対米交渉の限界と
   在京新聞

 タイムス論壇「国民の力で選挙勝利」の原点こそ
 民主党は「再編見直し」を掲げた。外相会談の状況を読み、読売「核傘」、産経「再編成」論など見てゆくと小泉の「辺野古見直し」と同様、連立政権バンザーイは危険である。
 中央マスコミの論調は危険。
  動かぬ山動かすのは民衆の力
読売」20
首相と一緒に訪米する岡田外相は、就任の記者会見で、米国は核の先制不使用を明示すべきだとの持論を改めて示した。
 日本にとって、北朝鮮の核ミサイルの脅威に対する唯一の対抗手段は、米国の「核の傘」だ。地域の安保環境を無視した先制不使用論は、日本の平和と安全を著しく害することになる。


産経23主張
岡田外相は「よいスタートが切れた」と評価したが、米軍再編とアフガン支援問題の解決は容易ではない。米側は普天間飛行場移設を含む米軍再編で「正式に見直し提案をすれば、話し合いには応じる」としつつ、あくまで「現行の再編計画が最良」との立場を崩したわけではない。アフガン民生支援も具体的構想を示さなければ前進は見込めないだろう。


タイムス2009年09月23日 社説

[鳩山外交始動]
民意背景に移設交渉を


 鳩山外交が本格的にスタートした。鳩山由紀夫首相はニューヨークで中国の胡錦濤主席と会談し東アジア共同体構想を提案するなど上々の滑り出しだ。国連気候変動サミットでは温室効果ガス排出を2020年までに1990年比25%削減すると表明し世界をリードする考えを示した。

 岡田克也外相もクリントン米国務長官と会談した。米軍普天間飛行場の移設をはじめ米軍再編問題は、100日以内に力を入れる重点課題の一つと説明した。岡田氏は「必ずしも賛成していなかった部分がある」という表現で見直しに向けた交渉入りの意向を伝えた。米政府はこれまで日米合意に強くこだわっていたが、クリントン氏は日米合意を基本としつつも協議を継続する考えを示したという。

 だが、まだほんの入り口である。再交渉に入ったとしても紆余(うよ)曲折は避けられないだろう。ただ岡田氏の姿勢は自民党政権とは明らかに違うことも示したのではないか。政権交代したのである。違いを恐れることはない。違いを率直に語り合うことこそがこじれにこじれた移設問題に風穴を開けるはずである。

 日米核密約問題は取り上げなかった。米国の公文書などで明らかになり、もはや疑いようがない。日本の元高官らも口を開きはじめている。米高官が「日本の内政問題だ」との認識を示したのはそのためだろう。

 アフガニスタン復興支援のための海上自衛隊の給油活動は2010年1月で期限切れとなるため、インド洋から撤収し、職業訓練など民政分野で支援したいと伝えた。その方が若者らがタリバンに入るのを防ぎ、有益なはずだ。

 鳩山首相は胡主席との会談で、経済や安全保障など幅広い分野で東アジアの新たな体制構築を目指す東アジア共同体構想を提案した。朝鮮半島の非核化に向けて努力することでも一致した。

 歴史認識では侵略戦争と植民地支配を謝罪した「村山談話」を踏襲した。胡主席は経済関係を強化しアジアや世界規模の問題での協力、食い違いのある問題は大所高所から解決―などを提示した。また懸案の東シナ海ガス田開発では共同開発に向け事務レベルで意見交換する意向を示し前向きの姿勢で応じるなど新しい関係の構築に入ったのを感じさせるものとなった。

 鳩山首相の気候変動サミットでの演説は世界の中で日本がどのような役割を果たすのか、鳩山外交をアピールする絶好の機会となっただろう。

 オバマ米大統領との会談は初顔合わせで信頼関係構築に重きを置くことになるはずだ。東アジア共同体構想に関する鳩山首相の論文が、米国離れの不安を生じさせているが、同構想の先には米国を含むアジア太平洋共同体構想があるのだということを丁寧に説明したほうがいい。

 普天間移設問題など忌憚(きたん)なく語り合ってほしい。日本国民の民意の結果が今度の政権交代である。県内全4選挙区の議員4人も辺野古移設反対を掲げた。この事実をちゃんと伝えてほしい。解決策はその中からしか出てこない。

新報社説 日米外相会談 「追従から対等へ」転機だ2009年9月23日
 日米両政府が普天間飛行場の名護市辺野古移設を含む在日米軍再編合意の見直しへ向け、新たなスタートラインに立った。米国追従から、国民の信頼に根差した対等な日米関係へ転換を期待したい。
 日米外相会談で米軍再編に関して、クリントン米国務長官は従来の合意履行が基本とし、岡田克也外相は計画に賛成できない部分があると表明。双方の立場を確認し、継続的な協議を申し合わせた。
 会談は大きな前進ではないが、普天間代替施設の微修正さえかたくなに拒んできた、従来の両政府の対応に比べれば変化の兆しと言える。
 歴代外相はおしなべて、安全保障問題で米側との摩擦を避けてきた。それだけに岡田氏が部分的であれ、再編合意への“異論”をクリントン氏に直接伝えた意義は過小評価すべきではない。
 クリントン氏は「日米同盟は米国の外交政策の礎石で、アジア太平洋の安全保障と繁栄に必要不可欠だ」と述べ、日米同盟全体について話し合う意思を示した。岡田氏は「より深みのある持続可能な日米関係を構築したい」と応じた。
 日米関係を基軸とする考え方は、多くの国民の支持を得られよう。しかし、だからと言って、日米同盟の軍事面が突出したり、国際協調がおろそかにされてはならない。
 「日米関係が良ければ良いほど中国、韓国や世界各国との良好な関係を築ける」(小泉純一郎元首相)といった対米追従は慎むべきだ。日米の新政権に日米関係と国際協調との調和の取れた舵(かじ)取りを望む。
 米国に迎合し民意に背くような政策は長続きしない。1996年の返還合意以来、暗礁に乗り上げたも同然の普天間飛行場の問題が如実にそれを物語っている。美辞麗句を並べても、民意の支持なき政策は絵空事だ。日米の新政権はこのことを肝に銘じてほしい。
 戦後の日米交渉に照らせば、今後、新しい日米関係を緊密に協議するという際、日本に憲法で禁じられた集団的自衛権の行使を求める強硬論が出てくるのは察しがつく。
 しかし、自国の憲法の制約を無視しては、法治国家、平和国家の名が泣く。強硬論に惑わされず、鳩山政権は「憲法の範囲内で米国の足らざるを補うのが日本の役割だ」と主張すればよい。国民が喝采(かっさい)を送るような深みのある日米関係、新しい安保像を指し示す時だ。

 タイムス・新報もしっくりこない。何だろう。
25社説も同じ、朝早いので分析帰って


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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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