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第3の人生へ



第三の人生へ
 ガンとともに生きる
 10月28日、検査入院と「宝の海」の休みになった。検査の結果、すい臓癌と宣告され、11月8日手術、29日退院となった。
 8月7日、動脈手術を行ったばかりで、気の強いと自認しているのだが、絶望の淵に投げ込まれた。ベットに寝起きしていて、自然児と野山、海、運動で鍛えた筋肉が削げ落ちてゆく、肩を揉む妻の手がゴツゴツとした骨に沁みる。妻のぬくもりに力が少しずつ湧いてくる。
 「癌とともに、新しい人生が始まる」のだと実感する。自分に正直に、また、家族と生きる。
無題A
 (名古屋から孫結4歳、退院見舞いに来てくれた。テルジーにVサイン)

 第2の人生から
 「重たきものを背負いつつ」
 04年3月末、生徒・教師への定年あいさつを思い出す。
 「稲嶺恵一知事、岸本建夫名護市長の軍民共用空港に勝つ人生を歩む」「生き長らえる事ではなく、太く生きる」(拙著『愚直』)であった。
 そして、4月、辺野古の闘いは始まった。「宝の海」が開設される(9月21日)、「宝の海」にはほぼ家族、家の生活はほぼ書かれない。権力は狡猾で家族を狙う。
 人はそれぞれ「重たきもの背負って生きている」と抽象的に書いてきた。辺野古の闘いは過酷であったが、身内の問題も過酷な状況であった。
 事業失敗、銀行などの金融機関、サラ金地獄、躁鬱症と自殺未遂。サラ金多重債務の過払いとの闘い、あらゆる手段を使い、すべての蓄えを放出して対処していた。このさい、農地などすべて身内に譲ることにした。
 軍民共用空港頓挫させて、比較的緊張がほぐれたころ、辺野古ツアーで大事な人を不慮な事故で失ってしまった。眠れぬ夜が続き、安眠剤を常用するようになる。07年5月、事前調査などの阻止闘争、監視闘争には7時に現場につき、海上で監視の連続、確実に体を痛めていた。高江の闘いの初期でもある。
 08年8月、慢性的疲労蓄積など重なって脳梗塞で入院、基本的原因は不摂生に起因する。同時に高齢の母の衰弱が顕著に進行していた。010年末からは危篤状態、私の体にも第2次脳梗塞が見られるようになっていた。母の状態で入院する訳には、いかず、母の見舞いと高江の闘いに足を運んでいた。
 10月12日、高江に牡丹鍋差し入れ、国頭に向かう途中大量に吐く、異常感じクリニック、1月25日、高江に夜吐く、緊急検査。
 ガンの宣告と手術、術後の体の状態は、理性では統制できない奈落に陥る。妻の適切な処置で「生きる」と、自分を制御している。待ち受ける明日、何が待っているか不安、狂いそうでもある。
 ガンと生きるということは、これまでの日常を生きる事ではないだろうか。体力が付いたら、辺野古・高江も訪問しようと思う。
 名護平和委員会、ヘリ基地反対協議会には迷惑でない限り、限定された生、現職のままで置いて頂きたい。1日でも「生き長らえる」の意味がありそうだ。
 それが、私の内的力を生み出すであろう。
 「宝の海」は、妻や家族に感謝の世界も、自分の現実を偽らず続けて行きたい。「毎日日記」にはならないであろう。
 沖縄が歩む道も示して行きたいと思う。
私が、第2の人生で示した非暴力含め情勢分析、示した道は間違っていなかったと思う。

あ無題
 (孫結が撮ってくれたテルジーの最新の写真)


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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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