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 辺野古に県民裏切りを再びさせてはならない



米上下院グワム予算全面削除(昨日速報)
  日米合意ー米軍再編成の破たん
 これをもって辺野古は消えるわけではない。野田政権はますますアメリカへの奴隷精神に深まり、辺野古の評価 書提出や高江に執念を燃やしてくると思われる。

  今日は、辺野古違法アセス公判、高江スラップ訴訟結審、今週から来週にかけて緊張してくる。
 高江の森、冷え込み激しいと思うが、こらえどころだ。

  市川防衛大臣は「比嘉鉄也方式」で辞任するであろう。方法書提出して辞任? 比嘉鉄也名護市長名護市民投票裏切って辞任。

 グワム関連報道は午後になります。yahooニュースなどに記事出てこない。



  1950年代の基地建設と
   現在の辺野古基地建設の類似性と相違性
 
 「評価書出すな」「受け取り拒否せよ」
  団体・個人の要請運動・行動を強めよう
 沖縄防衛局の評価書提出前にして、評価書断念を求める県民世論は方法書。準備書に比較すると高まっている。野田・オバマ会談、単独首脳会談(国際会議ではある)できないこともおかしな日米関係と言える。
 私は、知事に教科書受け取り拒否の運動を提起し、アセス手続きの過去の経験から過去に学ぶものないかと「アセス3」まで書いてきたが、少し、中断する。

 辺野古基地建設を観るとき、1950年代の基地建設と辺野古に言及しなければならない。前沖縄防衛長田中氏も、就任以来の言動観ると辺野古の歴史をきわめて重視している。

  田中「犯す」発言は当然の帰結
    「辺野古を狙え」「辺野古から沖縄の民意を分断せよ」
 事前調査に自衛艦「ぶんご」を出動させた。武器なき非暴力の沖縄の抵抗に軍艦を投入、銃を撃たないが武力の威嚇を国民に初めて行った。田中の「犯す」「侵す」発言は、その延長線上にあって、防衛省・自衛隊の本質がある。
 威嚇・宣撫工作、謀略基地としては沖縄防衛局名護事務所(辺野古)に開設して「居酒屋」接待は日常的であろう。

 田中の講演に「辺野古の方は自分たちの条件を満たせば平和裏に」、基地建設に必然的向かうとの評価をしている。NHK『基地はなぜ沖縄に集中しているか」は、辺野古の条件を「辺野古気質」などと称している。
 私が手術で退院したのは11月29日、琉球新報が田中発言を報道した日であった。田中が「辺野古気質」で沖縄の民意の分断を狙っている。1950年代の基地建設、島ぐるみ運動を米軍と辺野古がマスコミまで恐喝、恫喝して切り崩した負の歴史を現代、再び辺野古にさせようとしている。

  1950年代と現代が重なって見えてくる。私は手術で食事もとれない状況で歴史的検証ができずなすすべも無かった。

 米軍は琉球放送座安社長を恐喝・恫喝、新聞も軍事権力を恐れて「中立」的報道(真実に背く)であった。札束攻勢も凄まじい。米軍の「善政」(振興策)はオグデン善政と簡易水道を農村に作っていた。(安部の水道橋)

  『平和新聞』(沖縄版)
     「会員学習用学習資料NO37」12月15日

  1956年「島ぐるみの運動」を切り崩した辺野古(旧久志村)

 米軍と旧久志村(辺野古)の暗躍、どうしても、現代の目で見てみたいと思った。過去の歴史の掘り起しである。
 地元の地元論、メデイア、政治家、教育、大学などがいかなる動きをしたか、現代の動きと重ねて観てみたい。
 米軍支配下は直接的であった。権力のマスコミに対する問題、現代は複雑で読み取ること難しい。
 私の、メデイアやジャーナリズム批判が増えているが、まだ、解明できないが、おかしさを皮膚感覚的に感じている。

 沖縄平和委員会が「平和新聞」(沖縄版)で当時の状況を琉球放送社史、新報・タイムス記事など資料を紹介している。
 過去は現代である。現在の疑問解くガギは過去の中に埋もれている。
 田中発言を「犯す」に止まらず、政府の戦略を読み取って、過去の歴史の過ちを再び繰り返してはならない。
  
『平和新聞』(沖縄版)NO37の紹介

 (その1例)
 『 琉球放送50年史』
   1957年1月19日「米軍より『一括払いに賛成する辺野古住民の声を琉球放送から放送させよ』と言う命令を受け、クレジットを一切付けず15分間放送」
 
2006年2月9日 沖縄タイムスの再現はリアルで現代と関連してくる。

  沖縄県平和委員会
    那覇市泊2-20-7山里アパート101
   TEL098-988-8172 FAX 098-988-8173

沖縄県知事は評価書受け取るな
  沖縄県知事へ要請ハガキ・FAX
 郵便番号 900-8570
    沖縄県那覇市泉崎1-2-2
     沖縄県庁
      沖縄県知事 仲井真弘多 殿
    FAX 098-869-8979
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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