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年末の闘いー元首への「哀悼」ケネデー暗殺と沖縄



沖縄年末の闘い(QABニュースから)

 72時間(3日)
  評価書阻止闘争

 26日、27日、28日、県民会議は連日評価書にたする闘いを組みます。寒波押し寄せ12月の沖縄も寒いです。
 行動は朝7:30分からです。
 辺野古テント・高江も油断ができません。
http://www.qab.co.jp/news/2011122232757.html
 泡瀬も座り込み継続です。
http://www.qab.co.jp/news/2011122232763.html
 クリスマスです。
 愛犬ビンゴの弟バーディー君(交通安全犬・浦添市民認定)サンタさんのトナカイになって保育園訪問、躾が悪いのかビンゴダメ、近くに保育園多く、園児たちの人気者に変わりはありません。
http://www.qab.co.jp/news/2011122232767.html


 元首や政治首脳の死に対する「哀悼」

 「元首」金正日の死と報道
北朝鮮金正日総書記死去に関する報道は、今にも東アジア情勢がひっくり変えるかのか、日本が危機に陥るかと錯覚するかの洪水であったように思う。
1昨日、藤村官房長官が個人として「哀悼」を表明して話題となった。前日の李韓国大統領と野田総理の会談、辺野古問題など国内問題も吹き飛ばされた。元首などの死に対していかなる態度を取るかは、道徳性・人間性が問われ、また、政治戦略かかわる問題をはらみ、歴史の検証にかかわる問題でもある。

 沖縄の歴史の中でアメリカの元首ケネデーの暗殺(1963年)
  「ケネデー大統領の死と人民党の非人間性」(琉球新報社説11月28日)

 1963年11月22日、米大統領ケネデーがダラスで暗殺された。1962年10月年キューバ危機、私の村にはVOA(謀略通信放送)があって電線がうなり声をあげて核戦争の危機、米ソの平和共存への接近になった。アメリカは1960年ベトナムへ・インドシナ半島への軍事介入をはじめ泥沼に入ってゆく。
 VOAの電波は日本の電波の受信できなかった。北京放送はVOAの網を突破して国際情勢を伝えた。

 沖縄の軍事強化が進み「猫の許す範囲でしかネズミは生きられない」と言う軍事的植民地支配が高等弁務官の下で民主主義と人権の無視に沖縄県民の抵抗が強まった。
 琉球立法院は、ケネデーに暗殺に哀悼と弔電のために各派交渉を招集したが、人民党古堅実吉議員(人民党書記長)は応じなかった。米民政府(軍政府)と傀儡民主党は人民党に対する一斉攻撃(反共攻撃)を展開した。
 その先頭に立たのが沖縄のマスコミであった。
 琉球新報はその先兵になって社説で「死者に弔意を表する心のゆとりを失った」非人間性と掲げた。
 社説11月28日「ケネデー大統領の死と人民党の非人間性」である。
 新報はケネデーを「偉大なる指導者」「人類永遠の平和の確立者」などと讃えた。
 人民党機関紙『人民』は「テロ行為は憎むべきー誰が人間性否定者か」(12月4日)
 「ケネデーの死を利用した人民党攻撃の陰謀を暴露」するなどで反撃した。
 古堅実吉氏は私の高校の大先輩であり、福地広昭氏を含め高校の先輩が沖縄の民衆運動の指導者に少なくなく尊敬していた。
 米軍は人民党の非合法化を狙っていた。第1次人民党事件(54年、瀬長亀次郎、又吉一郎ら幹部を獄中へ)、不死身のごとく瀬長亀次郎の那覇市長選挙当選と瀬長追放・公民権はく奪(第2次人民党弾圧事件)を沖縄県民の闘いで古堅実吉は唯一の議席であった。

 「人民党非人間性」攻撃は第3次人民党弾圧事件と言うべきものであった。

 人民党機関紙『人民』創刊号は(1962年1月23日)米軍の妨害で印刷を引き受けるところはなかった。言論出版の自由を求める県民の闘いの結晶で、沖縄教職員会の「愛唱歌集」の出版禁止されていた。

 この時期、全国的には「ケネデー・ライシャワー」路線で近代化論はじめ、日本の知識人がアメリカ化してゆく時代であった。
 検証が必要だが、琉球新報社説は占領政策とケネデー路線の複合的産物ではなかったか。

 高邁な古堅実吉論文
  県民・国民および国際的ヒューマニズムの闘い
 63年4月28日、27度線上で沖縄返還求める海上交換集会が開催、沖縄では自治権獲得、公民権獲得、渡航制限撤廃、人権擁護などの人民の闘いが高揚、ケネデーが始めたベトナム戦争に反対の国際的連帯行動が世界を包む(ラッセル法廷・10・21国際反戦行動など)、特に、沖縄の共闘の高まりは人民党非合法策謀を打ち破る。
 

 元首などの死去に対していかなる態度を取るかは、歴史的検証されなくてはならない。
 琉球新報社説に対する古堅論文は真のヒューマニズムを問う高邁なものである。「南ベトナムで行われている人民虐殺・・・耐えがたき人民の苦しみ、沖縄県民の上に加えられる非人間的仕打ちを」の現実を告発する。

  元首の「追悼」は
   政治戦略を伴うかー拉致問題

 北朝鮮の国家体制の問題は基本とした朝鮮人民が決すべき問題で、核開発の問題は6国協議で国際的に協議されている。日本と北朝鮮の拉致問題は基本的に過去の歴史問題含めて2国間の政治解決の問題と思う。これをアメリカ、中国など介している状況は外交能力の欠如と言える。金正恩の外交にはないと思う。
 東アジアは儒教の共通性がある。本気になって政府が拉致問題取り組む姿勢があるなら、政治戦略として何らかの「哀悼」表明が必要であろう。琉球新報ではないが、日本の「心のゆとり」、つまり、儒教的「礼」の布石が必要と思う。
 朝鮮半島は朝鮮戦争の休戦の状態で米韓は戦争当事国、日本は第3国である。だから、小泉元総理を個人として弔問によこす(ピヨンヤン宣言の当事者)度量が必要であろうと思う。
 独自外交ができない日本である。
 
 ケネデーは軍事的植民地支配の最高責任者で沖縄の人権抑圧(大統領行政命令)当事者で議会で支配に対する諸意見は保障されるべきであった。
 元首等の死については複雑な問題がある。


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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