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ハマサンゴ(1)-沖縄本島ヤシガニ「捕獲」の誤解

教科書検定撤回県民大会
    9月29日(火) 6時 県民広場


     続き欄ー「伊江島の集団自決」掲載

大浦湾はサンゴの博物館
  ハマサンゴのコミニティー
 
 大浦湾ガイド
二見坂を下り、公民館で「二見情話」の碑に、沖縄戦中・戦後の収容所時代の歴史に触れ、大浦の干潟を大橋の日陰を散策するとシオマネキやトカゲハゼに出会える。橋の袂に水溜まりがあり、カニやハゼ、貝が石の下に生息している。作業ヤード予定地となっていた傾斜式護岸の石の下には様々なカニや生物が観察できる。
 大浦の集落から川沿いに上ると古い潮止めの堰がありマングローブが観察できる。林に入る時はハブに注意することが大切である。
 暦で干潮の時間帯がいいでしょう。
大浦を瀬嵩に向かうと直線の道路から塊状ハマサンゴの群落が観察できるでしょう。
 瀬嵩の浜に降り、岬を回ると嘉陽層の褶曲が鮮やかに浮かび上がります。岬には磯の植物が観察できます。10月下旬にはオキナワギクが蕾を付け、11月には純白の花が可憐に咲いています。
 この浜から辺野古弾薬庫の下に海の川(古大浦川)が流れ、ユビエダサンゴ群落とクマノミ城の群落、西の浅い泥地に動くサンゴの群落があります。
 アオサンゴ、ハマサンゴなどは船でしかいけません。
 
 ハマサンゴに見る
  大浦湾はサンゴの博物館

 マスコミ・サンゴ研究家案内している。船の上での会話から「サンゴの博物館」としばしば出てきた。
今日のハマサンゴの調査の写真である。本物のダーバー達の姿もサンゴ同様神秘的で美しい。
 一般的にコロニーと呼ぶけど、コミニティーとした。多様なサンゴや生き物たちが共同、支えあい生きているのだ。

 
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「  伊江島の「集団自決」
  高校教師最後の授業は北部戦線の戦争遺跡、伊江島の「集団自決は「語り継ぐ戦争」(名護市編纂』では約13人、 沖縄タイムス『大百科辞典』では約100人、特徴は軍人、防衛隊のガマでの自決に巻き添えになった。伊江島の石灰岩は柔らかく遺骨収集も困難である。
 辺野古が始まって調査研究はできない。
 
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   アハシャガマに立つ   
 伊江島に行かれるとき、アハシャガマに立って碑文をよく読んで「集団自決」とは何か。よく考えてください。遺骨収集の写真は「詫びあいの里」、古阿波根昭光昌鴻氏の写真である。  
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   誤解を解くために
     ヤシガニの「捕獲」をめぐって

 ある人がヤシガニ食べるかという。生きたヤシガニを見せた。絶滅危惧種だと説明、私が「捕獲」している。ヤシガニの生態知らないから保護ではなく「捕獲」である。沖縄本島では「ほぼ絶滅」と電子辞典には書かれている。
 私が「捕獲」と書いたので、生物多様性ネットワークで問題になっているようだ。私の体力で、そもそも、夜行性のヤシガニ「捕獲」できるものではない。ヤシガニの飼育は難しい。どんなものでも切ってしまい、逃げ出す。子どもの頃の経験である。
 
 今日は県民大会もあるので後日、捕獲された場所に返そうと思って、使えない冷蔵庫に空気が入れるようにドアを縄で縛って、ソーキ骨を入れている。捕獲場所は50キロ、那覇往復にさらに、50キロは今の私には体力ない。無責任のようだが、胃袋に入る前に「捕獲」である。
 WWFJの花輪氏にメールを入れて指導を仰ぐつもりがとんだ騒動。
 「保護」を使うほど自信がない。

 
 05年、アジサシが大きな魚を尻からのみこんで、口に魚が掛って弱っている。捕獲して連携プレーで自然に帰したことがある。
 以前に、ヤンバルクイナの卵、兄弟が発見(最初)、カメラマンがフラッシュをたたいて放らんさせたことがある。山階研究会と連絡して、中を取り、卵の殻を保存させた経験で9月17日をクイナの日に提唱した。(92年4月18日、琉球新報「論壇」)
 ヤシガニの飼育は、施設に任せられないと判断した。06年にテント村にヤシガニが持ち込まれた。テント村の堤防に離され、「馬鹿なことするな」と捕獲した場所に返させた。
 でも、家で2・3日であっても飼育することは「捕獲」に等しい。責任を明確にしておくことにする。捕獲された場所は大変な岩場で体がもつか。批判はたやすい。どこでも離していいわけではない。
 私は生物学の分野ではない、貴重な生物を見ても自分から見た場所を公にするほど無知でもない。
辺野古・ウ大浦湾で生物調査の船長として研究者・学者から調査などの大切なことを学んでいる。
 調査には責任が伴い、いつも、このブログで事前に調査に入ることを予告している。
ヤシガニの飼育が特別な施設が必要であることも知っている。
 小さなヤシガニだから、繁殖していることになる。
 「ほぼ絶滅」は、生き延びて繁殖していると「ほぼ」確かだ。絶滅してないこと。
    自損行為で眠れず。県民大会参加無理か。
   
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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