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沖縄の抵抗権の源泉ーアメリカ独立宣言と憲法原則


沖縄抵抗権の正当性から
 辺野古アセスへの闘いは始まる
  違法アセス裁判関連新聞ニュースは11日第2信に追加更新、参考

 琉球新報特集(随時1月11日~)に期待する
  「評価書を読み解くー識者に聞く辺野古アセス」(1)

   
「提出阻止は市民的抵抗」(比屋根 照夫琉球大学名誉教授)


 琉球新報が新しい特集を始めた。第1回は琉球大学名誉教授比屋根照夫氏である。氏は1995年事件、教科書裁判などに言及して次のよう評価書阻止座り込みを正当の権利とする。

 


比屋根氏の主論点
 「国に対するごく普通の人たちの市民的不服従、抵抗になったというように見える。もう、事態は日本政府の思うようにならないことは明白である」

 「市民的抵抗は近代国家の基盤であり、不法、不正義への抵抗は市民的義務でさえである」

 「日本がアジア諸国と友好・連帯して『王道』の道を歩むか、または『日米同盟』のような軍事的な覇権を示す「覇道』の道を歩むのか、その分岐点として、今回の一連の動きをとらえなければならない。沖縄戦後と同じ道を、福島が歩まされている今こそ、先の視点が重要だ』
 と結ぶ。

 抵抗を豊かにするのは「勇気」である
   青年の勇気は地位協定に「風穴」開けた。

  比屋根氏の抵抗権は含蓄に富んでいる。米軍占領期無権利の沖縄県民はロック、アメリカ独立宣言的自然法的抵抗権・革命権の自然法的近代思想を武器に人権、政治的自由、民主主義を獲得してきた。
 憲法下においては憲法三原則、憲法16条請願権による非暴力によて、日米政府の「非理法権」の不法・不正義に立ち向かい、『理性の府』に裁判へ理性をもっていくども訴えてきた。嘉手納・普天間爆音訴訟、辺野古違法アセス、アメリカジュゴン裁判などなど。理性の府である裁判所も日米政府の日は認めても、「先の視点」の道を示さず安保の呪縛である。
 沖縄の抵抗権を豊かにさせた力は、民衆の「『勇気』と『チムグムル』」である。

 これまで、「宝の海」は、勇気とチムグクルをいくどか書いてきた。勇気ある行動は生易しい歴史ではない。
昨年、沖縄市で20歳の青年が米兵に轢殺された。友人の青年が地位協定の不法・不正義を許さないと「勇気」ある行動に立ち上がった。運用改善と言う姑息ではあるが酒気は公務とみなされないと改善を勝ち取った。

 私は、戦後を生きてきた。少年や青年の多くの勇気にであったが、押しつぶされた少なくない体験をしている。
 バイツゼッカー元ドイツ大統領は「民主主義の擁護は法律や裁判所だけでは守れない市民的勇気が必要だ」と警鐘を鳴らした。
 青年たちが地位協定、アセスなどに立ち上がるとき、沖縄の未来を保証する。「抵抗は市民的義務から国民的義務」に発展させなければならない。
 近代民主主義思想と人権思想、革命・抵抗権思想の歴史を強く意識する。

下記の琉球新報(11日)は 地位協定の現実です。

米軍の犯罪・事件・事故
米軍人、軍法会議ゼロ 公務中の交通事故、08年以降
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-186101-storytopic-111.html

 サンシンと泡盛のある
  沖縄の床の間の文化

 沖縄の道は「万国梁の邦」と私は言う。アジアの進む道は「紛争の平和的解決」を目指す。
 比屋根氏は「王道と覇道」の道かと問う。
  沖縄の家のもっとも大事な部屋には「サンシン」がある。それは、生物多様性の熱帯的亜熱帯、海洋世界の生み出した生活・文化・思想である。大和は「剣」だ。
 沖縄と福島が歩まされている「同じ道」は、原発と日米同盟、いわゆる日米安保の呪縛である。
 辺野古アセスを「読み解く」前提は、日本の過去・未来にかかわる「視点」が根底にある。

 沖縄の抵抗権
 96年9月、訪米で国防省、国務省で沖縄の抵抗権の正当性を訴えた。私の辺野古非暴力闘争の原点になります。旧「宝の海」から
http://www.geocities.jp/teruo024/prehenoko.html

 宜野湾市長選挙とアセスの闘い結合
  沖縄統一連ニュース

http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/okinawa11-20.pdf
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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