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田中・仲井真会談および意見提出呼びかけ



 「宝の海」は正月以来、アセス審査会・知事への意見提出の準備、提出を呼びかけてきました。昨日のメールで多くの団体が動き出しました。
 田中・仲井真会談QABは最後に面白いです。

 前半はアセス審査会(26日)ー基本は学者のみなさんへの激励の心
 後半は知事への要請

 意見提出運動
  本格的に動き出す。

 日本平和委員会が全国的に提起しています。
(平和新聞1月15日は桜井国俊沖縄大学教授の「評価書の問題点」が掲載されています。)
 アセス監視団もメールで提出を呼びかけています。
 沖縄生物多様性ネットワークもメール発信しています。

「宝の海」1月20、21日、沖縄タイムス記事張り着けています。参考になります。印刷および拡散して使用してください。

 アセス監視団の例文
「 名護市辺野古の豊かな海を埋め立てて米軍のための新しい基地をつくる計画。沖縄では、名護市民、名護市長、県議会、県知事も、みんなNOと言っています。にもかかわらず、日米両政府は、むりやりに建設を強行しようとしています。

 この基地建設が環境にどのような影響を与えるかを調べる「環境アセス」の手続きが、現在、国によっておこなわれています。最終段階の「評価書」には、県知事が意見を述べることになっています。

 辺野古の環境アセスで国は、建設をむりやり進めるために、とても非科学的な評価書を出し、辺野古の海の自然を過小評価。また、危険な飛行機オスプレイの配備など建設に都合の悪いことを隠し続けてきました。」

 いま、沖縄県は、知事意見を出す前に「評価書」への県民の意見を募集しています。「辺野古への基地建設は絶対だめだ」という県民のたくさんの思いが強い県知事意見として生かされるように、わたしたちの思いを沖縄県に伝えましょう!」
 アセスに関するHP  立ち上がりました。
  集中的闘いです。
http://henokoassess.ti-da.net/
 26日締切
沖縄県環境影響評価審査会

【意見提出先】
   〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2
    沖縄県環境政策課環境政策課(環境評価班)あて
     FAX:098-866-2308
     E-mail:aa025003@pref.okinawa.lg.jp
 引き続き
 沖縄県知事の意見書に対する意見書・要請が開始されます。


23日日記
  各戦線での奮闘

 旧正の日です。糸満や漁民たちは祝いや海の幸の祈願を行います。
 その中、田中防衛大臣の来沖、ラジオから昨日共同通信から受けた取材「田中に期待はない、民主党政権は沖縄の民意『斟酌しない』が基本、辺野古には来ない」と言う趣旨であったようだ。

 高江に防衛局来なかったようだ。田中来沖を前面に出したいのであろう。それとも「テト休戦?」-まさか沖縄防衛局に?
 田中は知事に対して「日米合意を強調」(ムチ)して、沖縄振興予算、軍用地転用(アメ)を宣伝したようだ。
 田中抗議行動、アメリカ行動、アセス審査会対策、高江すわり込、辺野古座り込み、各戦線で多面的行動で動いている。
 
 私は、月曜日(金曜日)はうるま市のクリニックでガン抑制剤ビタミンCなどの点滴を受ける日、先週に比べて体重が1・5km増えた。
 帰りに辺野古テント村を訪問した。昨年10月以来のことである。テント村責任者の一人として現場におれないが、訪問者名簿をめくると訪問者絶えない。高江と県庁に配置してテントは保安要員がしっかりと守る。
 テント村は「学び」と「連帯と絆」を生み出す場である。
無題28
 辺野古の闘いの語り部として
 今、現場におれないが、「宝の海」、メールで闘いの場にいます。
 沖縄戦後民衆の歴史、辺野古の闘いの歴史、明日を現場で語るために病に勝ちたい。
 勝利を共にしたい。
  やはり、現場はいい。
083.jpg
 (昨年10月ごろのわたし)

田中・仲井真会談
 田中から仲井真への花束ー何でしょう?
 田中普天間視察「(ヘリ)そんなに多いわけではないでしょう」
 よく、見てください
 QABニュース
http://www.qab.co.jp/news/2012012333343.html
アメリカ行動
 アメリカ議会前
国会議事堂前の要請団
 (牧志治メール23日)



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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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